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やっと、辿り着いた。やっと、分かったよ。
2009 / 03 / 22 ( Sun )
長い間エッセイを更新する事もなく、こんなエッセイブログだけど
「楽しみにしています」とか「更新ありがとうございます」
とメッセージをくれる読者の方が居る事を思うと、放置状態のまま
何ヶ月も過ぎた事がとても心苦しかったりします。。。

その何ヶ月の間私は私の住む、この街でお父さんの居場所を作りました。

考えたら・・・お母さんが亡くなってからいつもお父さんと二人三脚で
歩いてきた気がします。お父さんにとって何が良いかは分からないまま
ただ、ただ歩ける様になる事だけにフォーカスし、お父さんの右側には
出来るだけ居てあげたいという想いで、私の住む町でリハビリ入院して貰いました。


今は季節も変わり、お父さんは又東京へ戻り、私は何か気が抜けた感じ。。
毎日昼と夜、病院へ通い何をする訳でもなくお父さんと一緒に過ごした時間
が今では既に私の中で思い出となり懐かしい想いで一杯になります。。


こんな時間を過ごせた事で、この年でやっと、やっと私達が生きている
本当の意味って何か少しだけ分かった気がします。少しだけね。。。


親と子の繋がり。


これは・・・う・・・ん。言葉でどう説明していいか分からない
位深いなぁって本当何度感じた事か。


血の繋がり、DNAって凄いなって・・・・。


ただ、ただ、思いました。



ちょっとした事。でも私はこの人の子供なんだなって何度も
お父さんを介護している時に感じました。
その足の指の形も、その耳の形も私は全て貴方の作品ね?って。



そして、今は亡き、母の姿も私の中にあると懐かしそうにつぶやくお父さん。
私という人間が創られたのはお父さんとお母さんが居たからなんですよね?



こんな事はだいぶ前から分かっていました。
こんな事は何でもない事だって思ってました。


こんな事は生きてたら自然に発生する事だと思っていました。
こんな事は誰にでも出来ると思っていました。


自分の体がそれを不可能とするまでは。




私は癌を患いましたが癌と告知された時も癌の手術を受けた時も
私が子宮を失った時と比べたら何の痛みも感じなかったのを覚えてます。

そう、私が30代の始めに何度も救急車で運ばれる程、子宮筋腫に
悩まされ、筋腫を摘出する手術を受けたのですが・・・
かなり大変な手術となり手術室を出た時には子宮全摘されていました。

麻酔から覚め、それを聞かされた私は狂気の沙汰でしたよね。
自分の大事な体のパーツ、特に女性にとって大事なパーツを
失くしてしまってたんですから。。。

現実は本当に残酷で、術後に病院の廊下を歩かされるんですが
産婦人科の廊下・・・新生児室の前を通るんです。
そこを通る度に自分は自分の赤ちゃんをこの腕に抱く事はないんだと
元気良く泣く新生児を見る度にその現実をつきつけられました。

その時の胸がえぐられた想いは今もはっきり覚えています。
だから・・・癌の手術なんて精神的には全然楽だったんでしょうね。



今だからね?こうしてちゃんと言えますが、自分が30代で、
子宮筋腫の手術の末、子宮全摘された事を話題とする事
は長い間無かったと思います。


可愛そうだとか、気の毒にって思われたくなかったら。
自分は全然それでも幸せな人生を送ってるからって。


でも、今では自然と・・・気づけば笑いながらそんな話を
している自分になれました。



自分は子供が生めない。でもそれって人としてLESSだったり
人としての価値が無いなんて一度も思わなかったので。


ただ・・・それから私は何か得るモノはあったんだろうか?
そこから私は何を学ぶんだろう?ってずっと考えてはいましたが。。。



そんな中母が急死して、お父さんと過ごす時間が増え
少しずつ見えてきたんですね。



生きていくって・・・
自分という存在がこの世にあるって事ですよね。
でも、人はいつか・・・・・この世を離れます。
私の母がそうした様に。



その後で自分がこの世に居た証は?


自分が築いた財産?



ううん・・・それは自分がこの世に残した自分の血、
自分の命(DNA)で、そう・・・自分の子供じゃないかな?って思うんです。



お母さんが亡くなった後も、私がこうして生きてます。
彼女のビッツ&ピースを持つ私がこうして生きてます。
同じ所にシミが出てきたね?言いながら彼女を感じます。



そして、本当なら、私のDNAを残していかなきゃならないんでしょうが・・・
私にはそれが不可能です。



そう、じゃあ?私には何が出来るんだろ?って考えた時
そうだ・・・この事を伝えるのがきっと私の役目だろうって思ったんですね。



生きるって、自分で色々な事を築きますよね。
生きてる間どれだけ色々な物を築いたろう?って思う位築きますよね?


でも、皆さんにとって、本当の宝は自分のDNAを受け継ぐ子供が
居る事ですよ。それは何があっても変わらない事実です。
貴方がこの世に居たという証明です。



私のお母さんとお父さんがこの世に存在したと言う
証明を私がしているのと同じ様に。。。




その宝を持てなかった私は、それを人に伝えていきたいって思いました。

もし私の妹に子供が出来なかったら、お父さんとお母さん、ごめんなさい
でもお父さん達のDNAでここで終わりとなるね?
って考えたら、子供を生むって・・・本当に凄い事なんだな!って痛感しました。


子供を宿す、子供を生むって本当にGIFTですよね。


お父さんと過ごした時間から自分のこの姿は全て彼らから
受け継いだんだと思うと、そこに何だか神秘を感じ又自分の全てが
愛しくなったんです。


この、ずんぐりむっくりした指も、お父さんとそっくりな足の形も
大事にしなきゃって思ったんです、だって・・・


そこに、お父さんが見えるから。
そこに、お母さんが見えるから。



だから、私は自分を愛し続けます。
自分自身を愛する事で命を貰ったお礼が出来る気がします。
ありがとう・・・私を生んでくれて本当にありがとう。そう思いながら。。。


DSC00518.jpg


15 : 17 : 58 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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コメント
--そうだね--

DNAをのこすって伝えていくことも
DNAなのかもね。

私もね。16年結婚生活してるけど、子供は、さずからないね。今でも、、ほしいってわけでもないけどね。なんだかその生きた証って書いてあるのを読んだら、、ちょっと落ち込んだよ。
 母親からもらった。この自分が、いま精一杯生きて、、母親のことを忘れない。自分がいていいんだなって、思ってるよ。
 自分の母親もおばあちゃんがなくなったときこんな気持ちだったのかな?って思ったりね。
 私、、よく言われるのは、、母親とその頑固さしぐさがそっくりだと、、若い子供の頃からいわれてたよ。。若い頃は、なんで、、あんな年いった人とそっくりなわけ??と凄くいやだったけど、今は、、いわれるそんな自分が好き。
こんなこと書いてる、自分年とったなって感じだ。
by: すー * 2009/03/24 00:17 * URL [ 編集] | page top↑
--◆すー--

DNAを残すってその響きはとっても科学的かもしれないけど
人間というか生き物の本能だと思うんだよ~
だからってそれが出来ない(というかしない)
私達にはその本能がないか?って言ったらそれはあるはずだよね。

子供が居る、居ない関係なく、自分がここに居た!
ここで生きたって事やっぱり残したいって思うでしょ?
それなんじゃなくって?(笑)
別に落ち込む事はないさ~
自分が生きた証は子供だけって限らないから。
でも子供は絶対的に証になるんだな!
ってお父さんと過ごして本当にそう思ったよ。
逆に言えば、すーやかんずはお母さんにとって
お父さんって人が居た証だったんだよね。

すーの中にはわーの血もしっかり流れてて
それが見え隠れするんだよ。
だからわーはすーの中で生きてるんだよね。
私のお母さんが私の中で生きてるのと一緒で。。
年は・・・平等にとってくから。
いや!重ねてるから!(笑)
若い時は外見だけピカピカで良かったかもだけど
年と共にそんな事より、もっともっと大事な事がある!って気づくよね?
だから、年重ねて言ってる自分が好きだなぁ~♪
by: くろねこ * 2009/03/24 02:37 * URL [ 編集] | page top↑
--管理人のみ閲覧できます--

このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2009/03/25 13:41 * [ 編集] | page top↑
--◆秘密のコメント様--

本当によーーーく分かります。
私も同じでした。全く同じ考えでしたから。
女性は出産年齢って事を考えなきゃならない
って考えるとちょっとね、それで物事を決めなきゃいけない
アンフェアな感じがありますよね。
今新しくエッセイ更新してきましたが、結局
最後は自分がどう生きるか!だと思います。
誰と比べる事なく、どんな価値観にも惑わされずに
自分が一番自分らしく、そして居心地良く生活
出来たらそれがベストじゃないでしょうか?
そして、気づいたら子供が居た!
もしくは気づいたら子供には縁が無かった。
後で答えが出る事かもしれませんね。

でも、その後で出た答え、実はだいぶ前に
自分で出した答えだったりするのが不思議です。。。
とにかく、いつも読んでくれて貴重な意見を
聞かせて頂き本当にありがとうございますね!
by: くろねこ * 2009/03/25 23:31 * URL [ 編集] | page top↑
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