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ラストステージ
2008 / 09 / 07 ( Sun )
私達にこの世を去る日が来るのは
誰にでも平等に起こる約束された出来事ですよね。

その旅立ちの時、貴方はどこで迎えたいですか?

お父さんが入院していた同じ部屋のおじさん・・・
私が佐世保に戻った後に容態が急変し、亡くなったそうです。


お父さんの付き添いで毎日病院に通い
朝から夜まで病室に居たので、おじさんの付き添いの
おばさんとは良く話しをしました。


おばさんは浅草出身の凄く下町人情あふれる人で
何か買い物に出かけ、食べ物を買ってくると治療食じゃ
ない人には「これ、どうぞ!」と配り歩いてた人で
「自分がして貰って嬉しい事は人にもしてあげるんだよ」と
お母さんがずっと言ってきた事がここに根付いてるのか
気づけば私もそのおばさんの姿を見て同じ事をしてました。


とにかく、そのおばさんとても世話好きで、はじめお父さんが
入院した時に「このベッドはこうしてこう使うんだよ~」と
聞いても無いのにカーテンをシャーっとあけて私とお父さんの
会話に入って来たのでびっくりしましたが、困ってたり
分からない人の世話を焼きたくなっちゃう様な昔存在した
近所のおばちゃんみたいな人なんですね。


彼女自身交通事故に遭い、足にははっきりと手術した後
があるのにも関らずご主人が糖尿病で両足を足の付け根
から切断され入院したのでリハビリ中の足をひきずりながらも
毎日付き添いで病院に通いそれから6ヶ月後目にお父さんが入院
して私はおばさんと出会ったわけです。

本当にバイタリティーのある方だった。。


でも、そんなおばさんも朝から晩までおじさんの付き添いで
時にその後ろ姿はとても疲れてる様でした。


私が九州に戻る一日前、暗くなった病室で皆さん一人一人に
挨拶をして

「明日九州に帰るって話したよねぇ、だからもう明日から来れないよぉ・・
今まで本当にお世話になりました、お父さん宜しくお願いしますね。
おばさんも、無理しないでね、おじさん凄く感謝してると思うよ。だから
絶対おじさん良くなるからね」

とおばさんの疲れた背中をさすりながら挨拶し部屋を出たんです。


それから・・・本当数日後ですよね。
おじさんが亡くなったのは。。。



人の命が陽炎の様に思えました。


ゆらゆらと、そこにあるその輝はそれは美しいけど
それがいつ儚く途絶えてしまうか分からない。。



今でも私の耳にはっきり残っているおじさんの悲痛な叫び。


「痛いよぉ・・・・・痛いよぉ・・・」



相当な痛みだったんでしょう?

おじさんがどんな人生を送ってきたか何をしていた人か
全く分からないけれど、自分の人生の最後をあの病院の
ベッドで迎えたんだなぁって思ったら、ベッドがおじさんの
ラストステージだったんですね。


私達がこの世を旅立つ時、どこに居るのか?
全く想像もつかないけれど旅立つ時、自分の人生がどんなに
素晴らしかったか。したい事、見たい事、触れたい事、そして
愛する事全て後悔の無い様に送れたと頷きながら
ラストステージに立ちたいと思いました。

おじさん・・もう痛みから解放され安らかな所に行かれましたね。
少しの時間でしたが、おじさんと同じ部屋になったお父さんは
無事退院し、元気に過ごしています。


おじさんは病院で痛い時は辛くって眠れなかったでしょう。
どうぞ、安らかにお眠り下さい。

11 : 57 : 37 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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コメント
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そーですね。自分のラストステージってどこなんだろうって考えてみました。場所はどこであれ、悔いのない人生だった!と思える最期を迎えたいな~なんて。
何一つ後悔無い!なんて実現するのかわからないけど、思いがけず苦しい思いをして、思いがけず突然この世を去ることになるかもしれない。なんて自分の母の死と重ねて考えてみたり・・・。
亡くなったおじさんは両足切断していたんですね。奥さんの看病、絶対感謝してましたね。そして大きな心の支えになっていた事でしょう。想像を絶する痛みと闘っていたんでしょうね。できれば元気に退院してほしかったけど。。。でも今は痛みも苦しみもなくなり、ゆっくり眠れていることでしょうね。ご冥福をお祈りします。
by: Locoママ * 2008/09/09 00:37 * URL [ 編集] | page top↑
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私たちの父親世代の年代の男の人って我慢強い人が多いだけに、「痛い」と悲痛な叫びをあげるくらいだから、、、そのおじさんが毎日耐えてこられた痛みは私の想像以上に痛く辛い毎日だったんだろうな、と思います。なんだか私のお父さんが闘病生活してたころの事思い出しちゃった。父も我慢強い人で、「痛い」とか「苦しい」とか元気な頃は一度も言った事なかったけど、でも癌が進行するに連れ、症状もひどくなって色んな痛みを発しては「痛い」と、うなってたもんなぁ・・・。でもそうやって愛する人が苦しんでるのにそばにいてあげることしか出来ないと苦しんでるおばさまもまた相当辛かっただろうな、と思います。
おじさん、いい奥さんと巡り会えてよかったよね。愛する人を残して旅立つのは、旅立つ方も旅立たれる方も辛いけれど、でも、今頃、痛みや苦しみから解放された天国で安らかに、奥さんの事を見守ってらっしゃるんじゃないでしょうか。そう願いたいです。
きっと、おじさん、くろちゃんのお母様に「いい娘さんですねぇ」と挨拶してるんじゃないでしょうか。お母様嬉しいだろうな♪
by: みこちゃん * 2008/09/11 00:45 * URL [ 編集] | page top↑
--◆LOCOママ--

おじさんがお父さんと同じ病室で1週間って
短い間だけどその姿を思い出すととてもとても切なくなるんです。
全くおじさんの事知らないけど、本当はおじさんのラストステージは
あそこではなかったのかな?なんて考えたり。
でも突然やって来る最後の日、自分で選べる人も居れば選べない人も居ますもんね?
自分の人生を振り返り良い人生だったなぁって思える様に生活しなきゃねって思いました。
by: くろねこ * 2008/09/29 13:55 * URL [ 編集] | page top↑
--◆みこちゃん--

本当にね?毎日の様に「痛いよぉ~痛いよぉ~」
っておじさん言ってたのよ。
みこちゃんが言う様にお父さん達世代の人
弱音吐く事ってあまりないでしょ?
だから・・・おじさん相当な痛みなんだろうなぁって思ったよ。
と、同時に病院になんて居たくないんだ~ってのを感じたよ。。。
だいぶ色々言ったりしては看護婦さん困らせてたからねぇ。

自分の愛する人が苦しむ姿を見ながら自分が
無力なんだって思うと本当に切なくなるよね。
みこちゃんのお父さんはみこちゃんが側に居てくれただけで感謝してると思う。
一人寂しく旅立つ人だって居るんだもの。
皆それぞれのラストステージの感想をあの世で交わしてたりしてね?
みこちゃんのお父さんこそみこちゃんを誇りに思ってるよ!うん、絶対!
by: くろねこ * 2008/09/29 14:00 * URL [ 編集] | page top↑
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