スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑
今の私に出来る事・・・
2007 / 07 / 23 ( Mon )
今日、長崎へ戻った。
自分が将来どこに住むか分からないので携帯用の位牌を作り
お母さんの遺影と共に飛行機に乗った。

お母さんの位牌を胸に抱きながら


「お母さん、又長崎に一緒に行くよ!」


と心の中で語りかけた後、3月初めに一緒に長崎に飛んだあの
日の事を鮮明に思い出した。


人の命は儚い。


確かに4ヶ月前はお母さんがこの世に存在し、一緒に旅行を
楽しんだ。その時、次乗る飛行機は位牌になるとは誰が想像しただろう・・・?


もう・・お母さんがあのお母さんの姿としてこの世に
    存在しない事。

    お母さんの手料理が食べられない事

    お母さんと一緒にお風呂に入れない事

    お母さんに甘えられない事

    お母さんに叱られない事

    「お母さん!」って呼んでも返事が無い事


すべて、すべてを受け入れよう。
そう何度も自分にいい聞かせた。

でもお母さんの全てが消えて無くなった訳じゃない。
お母さんの言葉が、お母さんの教えが、お母さんの愛が
ここにも、あそこにもある。

そう自分に言い聞かせてお母さんの死を受け入れようとした。


お母さんは自分の欲を持たず、いつも誰かの為に生きてきた。
それが彼女の喜びでもあった。


親戚や姪っ子で困った人や大変な人が我が家に遊びにくれば
そっとストックしてあった生活必需品を持たせ

どんなに自分の好物があっても、お父さんや子供たちにそれを
くばり自分はあまった物で満足したお母さん。


お母さんは私にこう言って聞かせた事もある。

「自分が本当に困ってる時に手を差し伸べてくれる人が居たら
どんだけ嬉しいか!」

それは、彼女が東京に出て来て苦労した時代に、誰も手を差し伸べて
くれる人が居なかった証。

彼女はそんな自分の体験から自分が出来る時は人によくしようと
ずっと生きてきた。

自分が出来る時・・・
もしかして自分が出来ない時ですら頑張って家族の為・人の為
に動いていたのかもしれない。

そんなお母さんの思い出を少しずつお父さんが語り始める。

「お母さんと出会った時、それはお互いお金が無くって大変だった。
でも、お母さんに着物をプレゼントしたんだよ。
お母さん、それは喜んでな?凄く嬉しそうだったよ」


お父さんからの最初のプレゼントのその着物は50年経った今でも
タンスの中にしまってあった。


そして、その着物を着て微笑むお母さんの写真を見た時、
涙がとめどなく流れた・・・。








20070722235037.jpg




それは、お母さんが亡くなった事への涙ではなく
お母さんとこうして50年もの月日をよりそって生きたお父さんが
今でも鮮明なその時の記憶が表すお母さんへの愛情の証。

それを心で感じたから。
そして、お母さんのその笑顔は、本当にお父さんと一緒に居て
幸せなんだという笑顔だから。

お父さんは・・
嬉しそうに思い出話を続ける。


お母さんが嬉しい時の思い出話だけを続ける。
そして・・・最後には言葉をつまらせる。


お父さんのそんな姿を見ると胸が締め付けられる。
私には慰めの言葉など何もないから。
あるなら私もそれを聞きたい。

どんな言葉を言っても、どんな言葉を聞いても変わらない事は
ただひとつ。お母さんはもうこの世には存在しない。

私はそれを受け入れる。
受け入れなければならない。


でも・・・私は自分に嘘をついているかもしれない。



本当はそんな現実から逃げ出したい。
本当はそんな事実を受け入れたくない。
お母さんはまだ東京で元気に暮らしていると思いたい。。



愛する人が自分の前からその姿を消した時、私たちはそれを
理解しようと必死だけど、結局時間がたたなければそれは理解出来ない。


どんな解釈もどんなポジティブ思考も、何ひとつ機能しない。
その場その場で自分の気持ちを安らぐ為の術でしかないのだから。


時間が経ち

少しずつ分かってくる。
少しずつ感じてくる。
少しずつ見えてくる。

お母さんがこの世に居ない事。

それまで、私は自分を騙し騙し、前に進むしかない。

いつか・・・又心から笑える日まで。
これが、今の私に出来る事。。。

00 : 19 : 48 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(1) | コメント(10) | page top↑
<<お母さんの想い・・・ | ホーム | What's going on !? 【どうなってるの!?】>>
コメント
----

自分に今出来る事をやってる自分でいいよね。
何度も思い出して触りたくて話しかけたくてね~心のつぶやきは、届いてるよ。
 うるさいって母親に思われてるかも知れない私だけどね。それでも瞼を閉じても閉じなくて、思い出して、泣き笑いだよね。どんどん思い出す事が増えていくんだよね。みんな通る道だよね。おばあちゃんの時のことも思い出したんだけどね。おばあちゃんの時には、母親も同じ思いをしたんだよね。って思ったりね。

 母親ってすべてにおいてでかかったな!!ね!
by: すー * 2007/07/26 14:36 * URL [ 編集] | page top↑
----

くろねこさん。 いつも、くろねこさんとDちゃんは素敵な御夫婦だなぁ♪と羨ましく思っている私ですが、くろねこさんのお父さんとお母さんも、素敵な御夫婦だったのですね。人生は良い事ばかりじゃないから、辛い時もあっただろうし、喧嘩したりもしただろうけど、50年の時を、一緒に生きて、亡くなった後もお父さんに、愛されているお母さん。 お母さんは本当に、お父さんとご結婚されて、幸せな人生を送られたのだと思います。親を亡くすのは、本当に辛いことです・・特に、お母さんって、絶対的な存在だものね。 私は、父を先に亡くしたので、今、一人で暮らしている母に一日でも長生きして欲しいと毎日、祈るような気持ちでいます。いつか来るだろう、別れの時を考えると怖いけど、でも思うんですよ。 逆に、私が先に逝ってしまうようなことがあったら、親はどんなに辛い想いをするだろうって。そんな想い、母にはさせたくないなって。 齢の順、という言葉があるけれど、親を感謝の気持ちで見送るのも、子供である私達にできる、精一杯のことなのでしょう。 見えなくても、お母さんは絶対に、お父さんやくろねこさんの傍で、見守ってくれていますよ。
by: ゆめ * 2007/07/29 18:23 * URL [ 編集] | page top↑
----

エッセイが心の奥まで届きました。

わたしも大好きな祖父を亡くし、猫を亡くし、流産をしたとき。
これらが三ヵ月という短い期間で襲ってきたときは、へたっとなって地平線を眺めるだけしかない時間を何年も過ごしました。会社には行くし、ご飯も食べるし、友達とも会うんだけれど、うまく笑うことなんて出来ませんでした。この頃の影響は今の自分を形成してます。

数ヶ月前、会社の同僚から「あなたはどうやって家族との死別から立ち直ったのか」と聞かれ、「立ち直ってなんかいない。ただ、強くなったとは思う」とだけ答え、泣きました。9年経った今でもまだ、彼らを思うと涙が流れるのです。

これからも、こういう経験は生きている限り避けることはできないでしょう。先をいく彼らに再び会うとき、胸を張って笑顔で会えるよう、ただそれだけを願って日々を生きてます。自分のまわりで起こることのすべてが自分の教師です。死して尚、これらを教えてくれた彼らに感謝しています。彼らの死を経験して、家族や友達、すべてのものとの関係が向上しました。

嬉しいこと、悲しいこと、これからもたくさんあると思います。
それらを全部受け止めて、理解して、腑に落として、学んで、そして後世に残して、与えて、そして本番(自分の死)がやってくるのかな、なんて今はぼんやり思ってます。

うまく言葉がまとまらなくてごめんなさい。
このエッセイを通してくろっちと、くろっちの家族の愛を強く感じました。これほどに強いのだったら、また必ず、心から笑い、楽しいと思える時がやってきます。人生経験の浅いわたしなどが発する言葉で頼りないと思いますが、どうか、ここにもくろっちを思う一人がいることを忘れずに。わたし達は一緒に生きてます。
by: 飯嶋たえ * 2007/07/30 01:34 * URL [ 編集] | page top↑
----

そうなんだろうね。
家族の死なんて、そんな簡単に納得は出来ないかも知れない。
でも,残されたワタシ達に出来るコトはくろっちの言う通り、自分を騙し騙し、一歩ずつ前に進むコト。いつかきっと涙が止まる時は来るから。
何より親に感謝できるその気持ちが、亡くなったお母様にとって一番ウレシイコトだと思う。
自分を騙しきれない時は、いつでも吐き出してね?いつも近くにいるから...
by: mango * 2007/07/30 12:00 * URL [ 編集] | page top↑
----

◆すー

本当に、今だ信じられないけど、それを事実としては
ちゃんと受け入れてるよ。。
ただ、受け入れてるけどお母さんが居たらなぁ~
って思ってしまうのは仕方ないね。
ただただ、会いたいんだよ・・・
すーも言ってたけど、私も全く同じ風に思うの。

「もう甘えられる人が居なくなった」

母親って、自分を産んでくれた人だもの。。
その絆は永遠だよ。
by: くろねこ * 2007/08/01 00:39 * URL [ 編集] | page top↑
----

◆ゆめさん

父の寂しそうな後姿を見るとそれがあまりに切なすぎて
その心の痛みは多分彼がこの世を去るときまで
消える事はないんだろうと思ってしまいます。
逆に言えば、それだけお父さんはお母さんの事を愛し
一緒に生活してきんですよねぇ。。

私もハワイにいる頃から自分の親がこの世から居なく
なる事を恐れていました、
恐れていた事が現実にこうして起こった時、その事実
を受け入れるしかなかったです。
何をどう叫んでも、もう冷たくなってしまったお母さん
は戻って来れませんからね。。

残された私達は母の寿命だと自分達に言い聞かせました。
自分達を納得させる唯一の言葉でした。。。
ゆめさんが言う様に、順序としてはこれでいいんですよね。
親が子の葬式を出す程親不孝な事はないって言います。
だから、私は父に二度とこんな想いをさせない為にも
これからも幸せで健康でいよう!と思っています。。
ゆめさんも。お母様との貴重な時間どんな形にせよ、
素敵な思い出をたくさん作れたらいいですね!
by: くろねこ * 2007/08/01 00:49 * URL [ 編集] | page top↑
----

◆たえ様

たえさんの心の叫び、私にも届きました。
人は悲しい時に悲しいと言えず、笑って「大丈夫」と
言ったり何事もなかったかの様に過ごすけど、それは
自分につけた鎧であって、心の中では泣き叫んでいたり
背負った十字架の重さを感じてたりしながら又次の日
も「大丈夫」と言って笑うのよね?

私がそうでした。
大親友を事故で亡くした後・・・
もう大丈夫なんだ!って自分に言い聞かせたけど
10年経っても、何年経ってもその傷は癒える事なく
ただ、傷に対しての免疫が時と共に出来ただけ。

今回お母さんが亡くなって、免疫が出来たはずの痛み
が復活し、心臓がえぐられる様なその痛みは
きっとそれを経験した人のみが分かるでしょう。

それでも・・・私達は生きていかなきゃいけない。
だから、又大丈夫!と言って笑ってる自分が居るのよね。

たえさんもたくさん心が痛む思いをしてきたね・・
その痛みからきっと色々な事に気づき、色々な事を
知り、色々な想いに出会ったでしょ?

そうして亡くなった人達から色々な事を教わってる。
愛情が深かったら深い分、教わる事も多いはずだよね。

たえさんのコメント心に刻んだよ。。ありがとう。





by: くろねこ * 2007/08/01 01:05 * URL [ 編集] | page top↑
----

いつも暖かいサポート本当にありがとう。
近くにいるよって言葉は胸に響く。

距離は関係ないんだよね。
どこに居てもこうして友達としてサポートしてくれる
人が居るって本当にありがたい。
そしてそんな友達は常に自分の近くに居るって感じるよ。

親はやっぱり、凄いよ。
だって、彼らが居なければ私も居ないんだもの。
自分のルーツじゃない。
親は私達を鉢植えに植えてくれて、それを来る日も
来る日も育ててくれたんだよね。
その育ててくれた人が居なくなれば葉は枯れて
ずたずたになるでしょ?

でも・・・ルーツ=根なんだ。

ずたずたになった葉の部分は枯れて辛そうでも
根っこがある限り又伸びるの。
そうやって私達はこれからも生きてく術をちゃんと
知ってるんだよね。
ルーツをくれた親に心から感謝だよ。。。


by: くろねこ * 2007/08/01 01:16 * URL [ 編集] | page top↑
----

もうひと言だけ。
相田みつをさんの詩で、こういうのがあります。

根さえ しっかりしていれば
枝葉は どんなに ゆれたって いいじゃないか
風に まかせておけばいい

これは子を想う親の詩だと読んで、泣きました。
根は愛であり芯であり心であり、そして親であり自分でもある。

愛情という水をたくさん得るでしょう、そして
ときには微笑み誰かを和ませ、日陰を作って安らぎをも与え、
愛する者のいる天へと向かって力いっぱい葉を広げていこう。
by: 飯嶋たえ * 2007/08/07 03:14 * URL [ 編集] | page top↑
----

たえ様

凄く素敵な詩です。


>愛する者のいる天へと向かって力いっぱい葉を広げていこう。

そうか・・私も力いっぱいに葉を広げなきゃ!と思いました。
素敵な詩のプレゼント、ありがとう♪

by: くろねこ * 2007/08/20 13:21 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://nantonakuessay.blog9.fc2.com/tb.php/137-dc656ed2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
エッセイがすごくよかった
村上春樹の小説ははっきり言って好きではありません。でも彼の書くエッセイ的な文章はすごく好き。淡々とやさしく、でも時に鋭いアドバイスは読んでいて安心できるんだよなー。くだらない質問から世界規模の問題に関して、ウィットにとんだ楽しい答えを出してくれます。彼の エッセイへの思い【2007/07/25 05:42】
| BLOG TOP |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。