先日、フジテレビのドキュメンタリー【泣きながら生きる】
(日本では11月上旬に放送された)
をレンタルして観ました。
今、この時期にこのドキュメンタリーと出会ったのは
偶然の様で実は必然だったかも。
私ね、日頃楽しく精一杯生きる様心がけてる。
いや私だけじゃなくってきっと皆さんも同じよね。
何悩む事なくいつも楽しく笑顔で過ごせてるから幸せだとも思ってる。
でも、そんな自分の日常、たまに客観視して自分に喝を入れたい時
もあって、実はこの何日かそんな気分だったのですね。。
なんていうのかなぁ・・
精神的に満足しているなら物質欲なんてなくっても満たされてるんじゃ?
って思いながらも買い物三昧し結局精神面・物質面共に満たされたい!
と思うわがままな自分が居るんですよ。
いや・・両方満たされたい!って思う気持ちはもしかして人として
自然なのかもしれませんよね?
ただ、そうやって全てにおいて満たされてしまうと大事な事を
忘れてしまいがちじゃないですか?だから私自身、周期的に自分に
喝を入れる事があるんです。
そんな時にこのドキュメンタリーを観て、自分が少しずつ忘れかけてた
「生きる」と言う事の本質を思い出せた様な気がするのです。
このドキュメンタリーの内容は・・
中国文化大革命によって貧しく育った一人の中国人男性。
時代に翻弄され教育もろくに受ける事が出来なかった彼に仕事など
ある訳もなく家族を支える為に日本に留学する事を決意。
ここからこのドキュメンタリーは始まります。
来日してからの15年間、カメラは彼の姿を鮮明に記録しました。
留学費用を借金し、妻と娘を残し日本に夢を託し着いた所は
北海道のものすごい辺鄙な場所、そこで勉強しながら借金返済の為
のアルバイトを考えていた彼に仕事など見つかるはずもなく
学校に行く事を諦め東京に仕事を探しに行きます。
彼は不本意にも一時不法滞在となってしまい中国に帰れないまま
働き続けました。来る日も来る日も働き続けました。
一日に3つの仕事をし、最後の仕事が終わるのは終電が終わった後。
彼は疲れた体にムチをうちながら線路を歩き家路につき
風呂付きのアパートじゃ家賃が高くなるからと家に帰り流し台で頭を
洗い大きなビニールにお湯を張って身体を洗い
食料品はセール品のみを買い次の日の弁当も自分で作って
仕事に出ていました。
彼が日本に来て8年目位にそんな生活ぶりをテレビ局スタッフ
が中国に渡り妻と娘にビデオを見せるんだけど、その姿を見て
娘はただただ号泣するだけ。
彼女はお父さんが何故に日本で懸命に働いてるのかちゃんと
分かっていたんですよね。
そして、娘は無事NYの大学に進学し、医者になる夢を実現させ
それと共に父親も15年の日本の生活にピリオドを打ち中国に帰国しました。
日本を経つその日、飛行機の中で彼は自分の15年を振り返っていたのかな?
達成感ある顔で飛行機の窓の下に広がる日本に手を合せ一礼、
目には涙が溢れていました。
彼は15年の日本での生活に一言も文句を言わずに働きました。
ううん、それどころか彼はこう言ったのです。
「仕事があるだけありがたい」
って。今の日本人は見向きもしない3Kと呼ばれる仕事をね?
黙々と来る日も来る日も働く姿をいつしか私は自分の父親と
重ねて観てたのかな・・・
涙が溢れ出ました。
私のお父さんも、田舎から布団一つで上京して、母の為、娘の為
に雨の日も皆が休みの時も、仕事をして私達に何一つ不自由の無い
生活を与えてくれたから。
今の日本はありとあらゆる物が溢れていて、一般市民の生活レベル
は豊かな物になりその豊かささえも当たり前の物と皆思っているでしょう。
私も同じです。
何一つ不自由の無い生活からは豊かである事が当たり前の
様に思ってしまいます。
その自分の豊かな生活や自由な生活がこうして手に入る
土台が何であるかと言う事を私は日々自由な生活の中忘れていった
気がします。
私がこうして今豊かな生活を送れる土台を築いてくれたのは
豊かさなど全く無かった親が子供の為に頑張ったからこそ
手に入れる事が出来たんですよね。
このドキュメンタリーは親が子を思う姿を、子が親を敬う姿を
とてもリアルにとても鮮明に描いていて、家族の絆をこれでもかと
言う位立証したんではないかな?
私も自分の襟をただし、生きていく上で何に感謝しなければ
ならないかを今一度考えました。。。
何が欲しい、アレが欲しいと欲しがるだけの人生ではなく
自分が今手にした物、手にする事が出来る状況に感謝すれば
アレコレ欲しがるだけの人生にはならないんですよね。
ただ、今のこの時代、資本主義の中に居て
欲しいと思う気持ちを全て捨てる事は出来ないとも思います。
そんな中今一度自分が置かれてる環境がどんなにか幸せだと
言う事を不平不満を言う前に考える必要があるのではと感じました。。。
(日本では11月上旬に放送された)
をレンタルして観ました。
今、この時期にこのドキュメンタリーと出会ったのは
偶然の様で実は必然だったかも。
私ね、日頃楽しく精一杯生きる様心がけてる。
いや私だけじゃなくってきっと皆さんも同じよね。
何悩む事なくいつも楽しく笑顔で過ごせてるから幸せだとも思ってる。
でも、そんな自分の日常、たまに客観視して自分に喝を入れたい時
もあって、実はこの何日かそんな気分だったのですね。。
なんていうのかなぁ・・
精神的に満足しているなら物質欲なんてなくっても満たされてるんじゃ?
って思いながらも買い物三昧し結局精神面・物質面共に満たされたい!
と思うわがままな自分が居るんですよ。
いや・・両方満たされたい!って思う気持ちはもしかして人として
自然なのかもしれませんよね?
ただ、そうやって全てにおいて満たされてしまうと大事な事を
忘れてしまいがちじゃないですか?だから私自身、周期的に自分に
喝を入れる事があるんです。
そんな時にこのドキュメンタリーを観て、自分が少しずつ忘れかけてた
「生きる」と言う事の本質を思い出せた様な気がするのです。
このドキュメンタリーの内容は・・
中国文化大革命によって貧しく育った一人の中国人男性。
時代に翻弄され教育もろくに受ける事が出来なかった彼に仕事など
ある訳もなく家族を支える為に日本に留学する事を決意。
ここからこのドキュメンタリーは始まります。
来日してからの15年間、カメラは彼の姿を鮮明に記録しました。
留学費用を借金し、妻と娘を残し日本に夢を託し着いた所は
北海道のものすごい辺鄙な場所、そこで勉強しながら借金返済の為
のアルバイトを考えていた彼に仕事など見つかるはずもなく
学校に行く事を諦め東京に仕事を探しに行きます。
彼は不本意にも一時不法滞在となってしまい中国に帰れないまま
働き続けました。来る日も来る日も働き続けました。
一日に3つの仕事をし、最後の仕事が終わるのは終電が終わった後。
彼は疲れた体にムチをうちながら線路を歩き家路につき
風呂付きのアパートじゃ家賃が高くなるからと家に帰り流し台で頭を
洗い大きなビニールにお湯を張って身体を洗い
食料品はセール品のみを買い次の日の弁当も自分で作って
仕事に出ていました。
彼が日本に来て8年目位にそんな生活ぶりをテレビ局スタッフ
が中国に渡り妻と娘にビデオを見せるんだけど、その姿を見て
娘はただただ号泣するだけ。
彼女はお父さんが何故に日本で懸命に働いてるのかちゃんと
分かっていたんですよね。
そして、娘は無事NYの大学に進学し、医者になる夢を実現させ
それと共に父親も15年の日本の生活にピリオドを打ち中国に帰国しました。
日本を経つその日、飛行機の中で彼は自分の15年を振り返っていたのかな?
達成感ある顔で飛行機の窓の下に広がる日本に手を合せ一礼、
目には涙が溢れていました。
彼は15年の日本での生活に一言も文句を言わずに働きました。
ううん、それどころか彼はこう言ったのです。
「仕事があるだけありがたい」
って。今の日本人は見向きもしない3Kと呼ばれる仕事をね?
黙々と来る日も来る日も働く姿をいつしか私は自分の父親と
重ねて観てたのかな・・・
涙が溢れ出ました。
私のお父さんも、田舎から布団一つで上京して、母の為、娘の為
に雨の日も皆が休みの時も、仕事をして私達に何一つ不自由の無い
生活を与えてくれたから。
今の日本はありとあらゆる物が溢れていて、一般市民の生活レベル
は豊かな物になりその豊かささえも当たり前の物と皆思っているでしょう。
私も同じです。
何一つ不自由の無い生活からは豊かである事が当たり前の
様に思ってしまいます。
その自分の豊かな生活や自由な生活がこうして手に入る
土台が何であるかと言う事を私は日々自由な生活の中忘れていった
気がします。
私がこうして今豊かな生活を送れる土台を築いてくれたのは
豊かさなど全く無かった親が子供の為に頑張ったからこそ
手に入れる事が出来たんですよね。
このドキュメンタリーは親が子を思う姿を、子が親を敬う姿を
とてもリアルにとても鮮明に描いていて、家族の絆をこれでもかと
言う位立証したんではないかな?
私も自分の襟をただし、生きていく上で何に感謝しなければ
ならないかを今一度考えました。。。
何が欲しい、アレが欲しいと欲しがるだけの人生ではなく
自分が今手にした物、手にする事が出来る状況に感謝すれば
アレコレ欲しがるだけの人生にはならないんですよね。
ただ、今のこの時代、資本主義の中に居て
欲しいと思う気持ちを全て捨てる事は出来ないとも思います。
そんな中今一度自分が置かれてる環境がどんなにか幸せだと
言う事を不平不満を言う前に考える必要があるのではと感じました。。。