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ありがとう、一方通行じゃないよね。
2009 / 03 / 25 ( Wed )


えと、この前の記事、久々の更新にも関わらず結構
センシティブ(触れるのが微妙)な話題でしたね?

でも、コメントやメッセージを通し色々な意見が聞けて
本当、嬉しいです。

私、ここでは下書きやら読み返しをせず、インスピレーション
で思った事をただただ打つ!というスタイルで更新してます。
もちろん、今も。


だから、言葉足りない時が多々あるでしょう。。。
だからこそ、コメントやメッセージ、メールを読ませて頂き
自分のエッセイもう一度読み返します。
あぁ、ここはこんな風に伝わったのか?ってな感じで。


自分の思った事、感じた事をふいにこうして記事にしてるのに
それを読みどう感じたか教えて貰えるのって、一方通行なエッセイ
じゃない感じでとても好き。
だからこの前の記事の補足をしよう♪とPC前に座りました。



この前のエッセイで語りたかったのは、私が私なりに気づいた事。

子供と言う宝モノ、子供というギフト、そしてそれは自分がこの世に
生きた証として後に残ると言うとってもシンプルな事でした。
そんなシンプルな事に辿りつくのに今までかかったよって。。。


でも、じゃ?子供が居ない私には自分の生きた証はないのか?
って勿論そんな訳ないですよ、子供という絶対的な証以外にも
自分が生きた証は沢山あるはずです。
だって、本当色々なモノを築きながら私達って生きてるじゃないですか?


私は今まで子供なんて居ても居なくっても別に変わりない!
そう思っていたんです。

正直、子供が好きって訳でもなかったし、子供に束縛される人生も嫌だしって。

自分が自分の人生を楽しめたらそれがいいって、ある意味本当我がままかも
しれませんが、自分がハッピーじゃなければどうして子を持ち子供をハッピー
に育てられるだろう?自分の人生100%満足してなくって、どうして子供を
育てられるだろうって。だから、生もうと思えば生めた時期も自分の意志で
生まない方向で過ごしてきました。


そして、よしっ!今100%に近い状態で自分の人生満足してるし
じゃ♪子供でも!って思った時には時既に遅しでした・・・。


考えたら完璧主義も宜しくないかもですね。
子供を生む前に自分が100%じゃなくっても
子供と一緒に育つ事、学ぶ事もたくさんあるはずなんで。

そして・・・この年になっての気づきです。


あぁ・・・自分のミニ・ミー(笑)作ってても良かったなぁって。


それは自分が子供が生めない体になったから思うのか?
それとも、この前の記事で語った様に自分の血、DNAを残す事
って実は何かすごい神秘だ!素晴らしいギブトなんだって気づいたから
かは定かではありませんが、う~ん、何って言うんだろう。
生きてきて、自分の愛する人と結ばれ、そして自分の子孫を残す、
コレはやっぱり本能なんだろうと。


あえて私はそれにさからって見本作りなんかしちゃったんですよね。
子供が居なくっても幸せな結婚生活は築けるよ!って、ずっとずっと
過ごしてきました。でも、それは私自身の決断でしたし、自分を生きた!
って気はしています。



自分を生きる!と言えば、そんなおばあちゃまにも出会いました。


お父さんがリハビリ入院していた病院で、いつも廊下で見かけた
おばあちゃま。いつも素敵な室内着を身に付けとってもしゃきっとした方でした。


その、おばあちゃんがお父さんに言ったらしいです。



「娘さん、毎日毎日来てくれてて、本当感心するわ!
私は・・・子供が居ないから、若い時はそりゃー好き勝手な事
して生きてきたけど、今私に残ったのはお金と孤独な時間だけだよ」



って。



リアルな言葉じゃないですか?



お金は全てのモノを買えません。
彼女の孤独はぬぐえなかったんでしょう。




そんな老人の姿、いつしか自分を重ねてる自分に気づきます。



でも、子供が居なくっても私には心から信頼出来る素敵な友達が
たくさん居るから、孤独を感じる事はないだろうと信じていますが。


だからって、子供が居ても孤独な老人もたくさん居ます。


だから、ね?こればかりはやっぱり分からないでしょう。
どっちがハッピーでどっちがアンハッピーかって。
それは自分自身が出す答えなんです。

私は今まで、子供が居なくても夫婦2人で十分幸せに暮らしてたし
子供が居ないなんて、何の為に結婚してるの?何の為の結婚生活?
だなんて思った事も感じた事一度もありませんでした。

逆に・・子供が居ないのに夫婦関係を円満に保てるのは
相当な絆で結ばれてるんだなぁって自画自賛してる位です。(笑)


だって子供が居なくて、夫婦2人の絆がもろければすぐに壊れます。
子供と言う守らなければならない存在がなければ明日にでも
逃げ出す事が出来るんですよ。


だから・・・

子供が居る夫婦と居ない夫婦、どちらが正しい?とかどちらがいい?
なんて比べられない事なんですよね?逆に比べちゃうから変になる。


子供が居る夫婦と子供が居ない夫婦。同じな訳ない。


それでいいのに、例えば【結婚したらやっぱり子供は持たなきゃ!信者】
の人が子供の居ない夫婦にそんな価値観で意見しても
「ああ、そうですか~」って納得して貰えるわけないんです。


人には人の事情があり、私の様に生みたくても欲しくても
子供を持てない人も居れば自分の選択で子供を持たない人も居る。


逆に子供に恵まれ子供がない人生なんて考えられないって人も居る。


両方、ワンダフル!な事じゃないですか!
(って、なんだかルー大柴チックなんですが?笑)



だから、比べない。どっちが良くでどっちが悪いなんて答えは
出てこないし、さまざまな人が居る様に人の生き様も色々なんです。


自分の持ってる物差しで人を計った所で何が見えますか?


子供を持って自分のDNAを残せる事に今さらながら神秘
を感じた私ですが、ただただ自分のDNAを残す為だけに
子供は大事だ!って意見には賛成できません。

自分の血を受け継ぐ子供が居る、自分の血が絶えないって
なんていうのかなぁ・・・

大木が、大地にずっしり根をおろしずっとずっとその息を絶やさない
その姿を見た時に感じた神秘?時を経てもこうして大きくなる!
こうして続いてるってそれに近い感覚かもしれないです。


そんな事をお父さんの側に居て感じてたんですよね。
私もどんどん枝を伸ばしてあげなきゃだったのに、ごめん。
この枝はもう伸びないよって。。。


とにかく、私はこれからも夫婦2人の生活プラス大勢の愉快な仲間達
と楽しく日々を過ごしていくでしょう。
そこに何が欠けてるとか何が足りないって考えずに。

それが一番大事な気がします。
何かが足りない、何かが欠けてるって考えるよりも
こんなに足りてる。十分満たされてるって考え方。

「上を見たらキリがない。自分よりも下の生活をしてる
人を見てごらんよ。そしたら自分はどんなに幸せか分かるんだ」

By お母さん。

あぁ、貴方のDNAちゃんと残ってるよ、私の中に!(笑)
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23 : 23 : 19 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
やっと、辿り着いた。やっと、分かったよ。
2009 / 03 / 22 ( Sun )
長い間エッセイを更新する事もなく、こんなエッセイブログだけど
「楽しみにしています」とか「更新ありがとうございます」
とメッセージをくれる読者の方が居る事を思うと、放置状態のまま
何ヶ月も過ぎた事がとても心苦しかったりします。。。

その何ヶ月の間私は私の住む、この街でお父さんの居場所を作りました。

考えたら・・・お母さんが亡くなってからいつもお父さんと二人三脚で
歩いてきた気がします。お父さんにとって何が良いかは分からないまま
ただ、ただ歩ける様になる事だけにフォーカスし、お父さんの右側には
出来るだけ居てあげたいという想いで、私の住む町でリハビリ入院して貰いました。


今は季節も変わり、お父さんは又東京へ戻り、私は何か気が抜けた感じ。。
毎日昼と夜、病院へ通い何をする訳でもなくお父さんと一緒に過ごした時間
が今では既に私の中で思い出となり懐かしい想いで一杯になります。。


こんな時間を過ごせた事で、この年でやっと、やっと私達が生きている
本当の意味って何か少しだけ分かった気がします。少しだけね。。。


親と子の繋がり。


これは・・・う・・・ん。言葉でどう説明していいか分からない
位深いなぁって本当何度感じた事か。


血の繋がり、DNAって凄いなって・・・・。


ただ、ただ、思いました。



ちょっとした事。でも私はこの人の子供なんだなって何度も
お父さんを介護している時に感じました。
その足の指の形も、その耳の形も私は全て貴方の作品ね?って。



そして、今は亡き、母の姿も私の中にあると懐かしそうにつぶやくお父さん。
私という人間が創られたのはお父さんとお母さんが居たからなんですよね?



こんな事はだいぶ前から分かっていました。
こんな事は何でもない事だって思ってました。


こんな事は生きてたら自然に発生する事だと思っていました。
こんな事は誰にでも出来ると思っていました。


自分の体がそれを不可能とするまでは。




私は癌を患いましたが癌と告知された時も癌の手術を受けた時も
私が子宮を失った時と比べたら何の痛みも感じなかったのを覚えてます。

そう、私が30代の始めに何度も救急車で運ばれる程、子宮筋腫に
悩まされ、筋腫を摘出する手術を受けたのですが・・・
かなり大変な手術となり手術室を出た時には子宮全摘されていました。

麻酔から覚め、それを聞かされた私は狂気の沙汰でしたよね。
自分の大事な体のパーツ、特に女性にとって大事なパーツを
失くしてしまってたんですから。。。

現実は本当に残酷で、術後に病院の廊下を歩かされるんですが
産婦人科の廊下・・・新生児室の前を通るんです。
そこを通る度に自分は自分の赤ちゃんをこの腕に抱く事はないんだと
元気良く泣く新生児を見る度にその現実をつきつけられました。

その時の胸がえぐられた想いは今もはっきり覚えています。
だから・・・癌の手術なんて精神的には全然楽だったんでしょうね。



今だからね?こうしてちゃんと言えますが、自分が30代で、
子宮筋腫の手術の末、子宮全摘された事を話題とする事
は長い間無かったと思います。


可愛そうだとか、気の毒にって思われたくなかったら。
自分は全然それでも幸せな人生を送ってるからって。


でも、今では自然と・・・気づけば笑いながらそんな話を
している自分になれました。



自分は子供が生めない。でもそれって人としてLESSだったり
人としての価値が無いなんて一度も思わなかったので。


ただ・・・それから私は何か得るモノはあったんだろうか?
そこから私は何を学ぶんだろう?ってずっと考えてはいましたが。。。



そんな中母が急死して、お父さんと過ごす時間が増え
少しずつ見えてきたんですね。



生きていくって・・・
自分という存在がこの世にあるって事ですよね。
でも、人はいつか・・・・・この世を離れます。
私の母がそうした様に。



その後で自分がこの世に居た証は?


自分が築いた財産?



ううん・・・それは自分がこの世に残した自分の血、
自分の命(DNA)で、そう・・・自分の子供じゃないかな?って思うんです。



お母さんが亡くなった後も、私がこうして生きてます。
彼女のビッツ&ピースを持つ私がこうして生きてます。
同じ所にシミが出てきたね?言いながら彼女を感じます。



そして、本当なら、私のDNAを残していかなきゃならないんでしょうが・・・
私にはそれが不可能です。



そう、じゃあ?私には何が出来るんだろ?って考えた時
そうだ・・・この事を伝えるのがきっと私の役目だろうって思ったんですね。



生きるって、自分で色々な事を築きますよね。
生きてる間どれだけ色々な物を築いたろう?って思う位築きますよね?


でも、皆さんにとって、本当の宝は自分のDNAを受け継ぐ子供が
居る事ですよ。それは何があっても変わらない事実です。
貴方がこの世に居たという証明です。



私のお母さんとお父さんがこの世に存在したと言う
証明を私がしているのと同じ様に。。。




その宝を持てなかった私は、それを人に伝えていきたいって思いました。

もし私の妹に子供が出来なかったら、お父さんとお母さん、ごめんなさい
でもお父さん達のDNAでここで終わりとなるね?
って考えたら、子供を生むって・・・本当に凄い事なんだな!って痛感しました。


子供を宿す、子供を生むって本当にGIFTですよね。


お父さんと過ごした時間から自分のこの姿は全て彼らから
受け継いだんだと思うと、そこに何だか神秘を感じ又自分の全てが
愛しくなったんです。


この、ずんぐりむっくりした指も、お父さんとそっくりな足の形も
大事にしなきゃって思ったんです、だって・・・


そこに、お父さんが見えるから。
そこに、お母さんが見えるから。



だから、私は自分を愛し続けます。
自分自身を愛する事で命を貰ったお礼が出来る気がします。
ありがとう・・・私を生んでくれて本当にありがとう。そう思いながら。。。


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