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百か日
2007 / 08 / 24 ( Fri )


故人が亡くなってから 百日目の供養を 百か日と呼びます。 百か日は『卒哭忌』ともいい 『哭』は 泣き叫ぶこと 『卒』は 終わるという意味で
故人に対する悲しみで 泣き明かしていた遺族も 少しは気持ちがおちつくという意味です。 百か日法要は 四十九日法要で 故人が地獄界・餓鬼界などの 悪世界に おちたとしても 百日目にも審判があるので さらなる 追善供養が必要であるという考え方から きています。



昨日が母の百か日目

家にある携帯位牌に手を合わせる・・
本当ならお墓に行って手を合わせたかったけど今は距離が
それを不可能にしている。

近くに教会がある、そこに夫と二人で行き目の前に居る
イエスキリストの前で手を合わせた。

どこでも良かった。お寺でも教会でも・・・
どこでも良かった。手を合わせる場所が欲しかった。


宗教は異なっても、故人を想うその心は必ず通じるだろうと。

百か日は、残された遺族も心の整理がつき、前に進む時期
とされている。

でも私は逆に日が経つにつれ、もっともっと深い悲しみに
溺れてしまっている気がする。


母の臓器、心臓が今なお病院に残されているから。


解剖結果が出て医師は「後に臓器は他の臓器と共に病院側で処理
致しますので」と話してくれた。


その日が来るまで、お母さんの心臓があの病院にある。
そう思っただけで東京に居る時は夢遊病者の様に何度かあの病院の
前へ行ってしまった。


お母さんが居る。


そんな風に思えて仕方ない。
でも、そんな風に思ってはいけない。


それはただただ、彼女の残していった抜け殻でお母さんの魂は
もうそこには無いんだよ?


そう自分に言い聞かせる。


でも、それでもお母さんがそこに居る。

私は夫や父親や妹達に

「お母さんの魂は身体を離れてもちゃんと存在するから。
身体はただ単に洋服みたいな物なの。だから、お母さんの
身体に執着したら駄目なんだよ?お骨になった今お母さんの魂は
そこには無いからね」

と幾度となく言った。

いつまでもメソメソしていたらお母さんが浮かばれない。
そう思いお骨になってからは涙する事をしなくなった私。
一生懸命みんなに「大丈夫、お母さんの魂は身体がなくてもちゃんと
あるから!」と言い聞かせて前向きだったはず。なのに・・



自分で言いながら自分が一番理解していないこの現実。


前向きを装っては一人になれば溢れ出る涙。


毎晩、眠りにつく頃、私は病院にある母の心臓の事を考える。
病院が処理する前に・・・・最後一目母がこの世に残していった
母の一部を見たいと言う思いで一杯になる。


でも、解剖した遺族がその臓器を見に行くと言う前例は無いと
病院側は言っていた、そうだろう。誰も皆気にはなっても実際に
残された臓器を見に行くなんて事は逆に辛すぎて出来ないだろう。


私も・・・LET IT GO(手離す)しなきゃね。
そう自分に言い聞かせる。お母さんの心臓は見ない方がいいんだよって。


それでも又布団に入れば病院に置かれたお母さんの心臓を思う。。


こんな日々が続く中、母は百か日を迎えた。

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13 : 21 : 14 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
私が東京へ帰る理由。。。
2007 / 08 / 09 ( Thu )

夜の便で東京に戻る私は、今日一日家の事などしながらゆっくりと
過ごしていた。


すると携帯が鳴る。


思い出したくもない病院名が告げられる。
そう、母が亡くなった病院からの電話。


「解剖の結果がようやく出ましたので明日病院の方へ来られますか?」


まるで・・
私が今夜東京へ帰るのを知っていたかの様に。


私はやっぱり帰るべくして今回東京へ戻るんだ。
そう瞬時に思った。


私が東京へ帰る理由はこれだったのか。


しっかりと聞こう。
何が私達のお母さんの命を奪ったのか。


今なお私の不眠症は続く、寝ても夜中何度も目を覚まし
深い眠りにつけない。


お母さんは私達が解剖をした事をどう思っているんだろうと何度か
考えた事がある。
直接の死亡原因を知る為には解剖しかありませんと医師に言われた時
私はお父さんと相談して解剖をする様にとお願いした。

でも。。母はそれでよかったんだろうか?


こんな事が頭をよぎれば又なかなか眠りにつけない。


多分、それは解剖の結果がまだ出ていなかったからかもしれない、
今結果が出たと知り、何とも複雑な気持ちでいる。

知りたい様な知りたくない様な。
長い間待たされた解剖結果。
知った所で彼女は帰って来ないから。。。


でも、しっかり聞こう。
何が彼女の心臓を止めてしまったのか。

聞かなければ、彼女の体にメスを入れた意味がない。
しっかり聞こう。。。。





16 : 25 : 24 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
お母さんの想い・・・
2007 / 08 / 01 ( Wed )
亡くなった後で、お母さんの想いが伝わってくる物を目にした。


亡くなる当日、朝具合が悪いのに洗濯物を干そうとして2度程
ふらっと倒れそうになったお母さん。
その時点で救急車で運ばれたら、お母さんは助かったかもね?と
言う人も居る。

でも私はWHAT IF!? 【もしかしたら】と言う言葉は好きでない。

人生WHAT IF?と言っていたら何ひとつ起こった事柄が意味を
持たない気がするし【もしかしたら】という言葉は私にはあくまでも
結果論にしか聞こえないから。。


とにかく、それ程まで具合が悪かったなら多分その時点で
彼女の心臓はだいぶ弱っていたに違いない。
それでも病院まで歩いていく!といつもウォーキングで履いてる靴
を履き、玄関を出た、玄関のドアを閉めた時に、彼女はもうこの家に
生きて帰って来ないなど思うわけもなく・・・


お母さんが亡くなった後何日かして下駄箱を掃除していたら
こんなチラシが出てきた。
日付を見れば、お母さんが亡くなった日付けだった。
お母さんが靴を履くときに入れたに違いない。



HI380020.jpg



病院で点滴でもすれば元気に戻ってきて、買い物にでも行くつもりだったのか・・・


そして・・・もうひとつお母さんの想いを感じた。


私の夫@アメリカ人と会話する時いつも日本語で話していた。
ただ、所どころ自慢げに知ってる単語を言っては無邪気に笑った
お母さんの顔を今でも思い出す。


ある日、キッチンに居た夫が声をつまらせてこう言った。

「お母さんは・・・・
こうやって英語を僕の為に勉強してくれてたの?」


それはキッチンに貼ってあるフック。
フック部分に英単語が書かれてる。



HI380016.jpg



布巾を干す所やキッチン扉の中などあらゆる所に貼ってあった。
お母さんが少しでも英語を覚えようとしたその想いが嫌という程
伝わり、彼女の愛情の深さを感じる。


「お前はいくつになっても、お母さんにとっては子供なんだから」

そう言っていつでも愛情を注いでくれた。


ハワイへ一緒に旅経った時、母達はビジネスクラスに座った。
お料理が出た時、こっそりと私を呼びに来てこう言った、


「お前のご飯とお母さんおご飯、違うんだろ?
お母さんのご飯、お前が食べる?」


私は笑いながら、いいんだよ、お母さんは自分のご飯食べてよ!
と言ってこの写真を撮った。



20070801015459.jpg




お母さんの想いは私のデジカメのレンズを通し今もこうして残っている。。。




02 : 14 : 19 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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