故人が亡くなってから 百日目の供養を 百か日と呼びます。 百か日は『卒哭忌』ともいい 『哭』は 泣き叫ぶこと 『卒』は 終わるという意味で
故人に対する悲しみで 泣き明かしていた遺族も 少しは気持ちがおちつくという意味です。 百か日法要は 四十九日法要で 故人が地獄界・餓鬼界などの 悪世界に おちたとしても 百日目にも審判があるので さらなる 追善供養が必要であるという考え方から きています。
昨日が母の百か日目
家にある携帯位牌に手を合わせる・・
本当ならお墓に行って手を合わせたかったけど今は距離が
それを不可能にしている。
近くに教会がある、そこに夫と二人で行き目の前に居る
イエスキリストの前で手を合わせた。
どこでも良かった。お寺でも教会でも・・・
どこでも良かった。手を合わせる場所が欲しかった。
宗教は異なっても、故人を想うその心は必ず通じるだろうと。
百か日は、残された遺族も心の整理がつき、前に進む時期
とされている。
でも私は逆に日が経つにつれ、もっともっと深い悲しみに
溺れてしまっている気がする。
母の臓器、心臓が今なお病院に残されているから。
解剖結果が出て医師は「後に臓器は他の臓器と共に病院側で処理
致しますので」と話してくれた。
その日が来るまで、お母さんの心臓があの病院にある。
そう思っただけで東京に居る時は夢遊病者の様に何度かあの病院の
前へ行ってしまった。
お母さんが居る。
そんな風に思えて仕方ない。
でも、そんな風に思ってはいけない。
それはただただ、彼女の残していった抜け殻でお母さんの魂は
もうそこには無いんだよ?
そう自分に言い聞かせる。
でも、それでもお母さんがそこに居る。
私は夫や父親や妹達に
「お母さんの魂は身体を離れてもちゃんと存在するから。
身体はただ単に洋服みたいな物なの。だから、お母さんの
身体に執着したら駄目なんだよ?お骨になった今お母さんの魂は
そこには無いからね」
と幾度となく言った。
いつまでもメソメソしていたらお母さんが浮かばれない。
そう思いお骨になってからは涙する事をしなくなった私。
一生懸命みんなに「大丈夫、お母さんの魂は身体がなくてもちゃんと
あるから!」と言い聞かせて前向きだったはず。なのに・・
自分で言いながら自分が一番理解していないこの現実。
前向きを装っては一人になれば溢れ出る涙。
毎晩、眠りにつく頃、私は病院にある母の心臓の事を考える。
病院が処理する前に・・・・最後一目母がこの世に残していった
母の一部を見たいと言う思いで一杯になる。
でも、解剖した遺族がその臓器を見に行くと言う前例は無いと
病院側は言っていた、そうだろう。誰も皆気にはなっても実際に
残された臓器を見に行くなんて事は逆に辛すぎて出来ないだろう。
私も・・・LET IT GO(手離す)しなきゃね。
そう自分に言い聞かせる。お母さんの心臓は見ない方がいいんだよって。
それでも又布団に入れば病院に置かれたお母さんの心臓を思う。。
こんな日々が続く中、母は百か日を迎えた。


