いつも、私が信じている事、それは

人はそれぞれ、色々な人が居るからモノの考え方も十人十色。

だけど、この考えがどうにも作動していない。
それは亡くなったベイリーの飼い主さんに対して。

3日前に仕事場に主人が顔を出すと彼がそこに居て

「君の奥さんはもう泣いてない?元気になった?」

と聞いてきたらしい。とても人事の様に聞かれたDちゃん@夫は

「う・・・ん、元気に仕事に没頭しているけど家に帰ってきて
パティオ(裏庭)の方を見てぼぉっとしている時はあるよ」

と言うと彼は「早く元気になればいいねぇ」と言ってくれたらしい。
そして、その後こう付け加えた。

「新しく来た犬がケイリーとまだ仲良くなくってねぇ〜」

って・・・・。

彼はベイリーが亡くなって1週間もたたないうちにもう新しい
ワンちゃんを迎えたらしい。

この話を聞いた時私は言葉を失った。
何故か分からないけど胸がとても痛くなった。

Dちゃんに聞いてみた。

「ねぇ?彼が新しく犬を迎えたのはケイリーが一人ぼっちになって
寂しそうだと思ったから?」

するとDちゃんは「そんな事までは聞けないよ、でもそう願おうよ!」
と言った。

この時、私は自分自身に言い聞かせたよ。

「人は皆それぞれ!
自分と同じ考えじゃないからとそれが間違ってる訳でも何でもない。
人それぞれで正しいも間違いも無いんだから!!!!」

そう、いつも自分がモットーとしている事を心の中で唱えた。
唱えたけど・・・・どうしても

愛犬が亡くなってすぐに次の犬を迎えられるの?

と言う疑問で一杯だった。

人はそれぞれ悲しみに対して違う対処法があるのも分かっている。
寂しさから新しいワンちゃんを迎えたと考えたらいいんだよね?

このケースに限っては飼い主さんにある先入観があるから
ネガティブな方向にしか考えられない自分が居る。

そしてそんな自分が間違ってるのも分かってる。

でもね、新しくワンちゃんが来たと聞いてとっさに

「ベイリーは何だったの?」って思ってしまった自分が居た。

ベイリーは・・・「自分が愛した家族の一員」
であって欲しいと祈りながら・・・・。

今年になって初めてのエッセイはこの前の記事の
「Bad Feelings=嫌な予感」
のその後を語っているかの様な記事かもしれない。。

何故なら私のその嫌な予感が現実となってしまったから。
敵は首輪でもなく人でもなく・・・自動車だった。


ベイリーが交通事故で死んでしまった。


その知らせを聞いて体を震わしたのは金曜日の夜。
私は魂の底から泣き叫んでた。
泣いても泣いても涙が溢れる。こんなに泣けるの?って
思う位涙が出てきた。


不慮の事故で自分の大切な親友を失くした時と全く
同じ胸の痛み。胸が痛く痛くて張り裂けそう。
誰かに心臓をえぐられたかの様な痛み。


つい・・・この間までそこに居た子なのに。
つい・・・この間まで一緒に散歩を楽しんだのに。
つい・・・この間まで一緒に遊んでとても幸せそうだったのに。


それはベイリーのFate(宿命)だったの???

私は宿命とは変える事の出来ない定められたモノだと解釈し
運命とはその人の運によっていくらでも変わるモノだと解釈している。


ベイリーがこうなる宿命だったなら、我が家に来れたのは運命?

あまりに・・・悲しい宿命だけど、ベイリーのするべき事は終わったのかもしれないね。。。

ベイリーのするべき事って何だったんだろう・・・


ケイリーといつも一緒に居たベイリー。
ケイリーにたくさんの愛情をあげて、虐待されて育ったケイリーの
傷ついた心を癒してあげたベイリー。
私の家に来て、私に、Dちゃんにたくさんの喜びをくれたベイリー。

ベイリーは与えらえるだけ与えてこの世を去ったよね。

クリスマスライト輝く、近所を毎晩、皆で散歩した。
早く早くとリードを引っ張って喜びながら散歩した。

そんなベイリーの姿が今も目に浮かぶよ。

ベイリー。たくさんの素敵な楽しい時間をありがとう。。。
それなのに痛い思いをしたね・・・ごめんね、守ってあげれなくて。
でも、虹の橋を渡ったらもう赤い首輪もリードも要らないよ。
好きなだけ走っていいんだよ。。。

ベイリー、ありがとう。