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Bad feelings
2005 / 12 / 29 ( Thu )
この一週間、Dちゃん@夫の職場の人が旅行に行くから、
と犬2匹を預かっていた。

私ね?このシーズンに彼女達2匹が家に来てくれたから
素敵なクリスマスプレゼントだなぁ・・なんて思ってた(笑)

dog1.jpg

dog2.jpg



彼女達が来てから毎朝、毎晩 時間があれば一緒に遊んで
散歩に連れてって今じゃ散歩ルートはちゃんと分かってるみたいだし、
最初に来た時のおどおどした態度など何処へやら?って感じで
私やDちゃんの姿を見るたび大きく尻尾を振ってきゅーんきゅーん
って求愛してくる!(笑)


本当に可愛い2匹のワンちゃん。
一週間だけ我が家の子だった。

私は買い物や仕事に出ても彼女達の散歩ルートを見る度に
早く家に帰って散歩に出たい!なんて思っちゃったりね?(笑


その子達の飼い主さんが今日ハワイに戻った。
だから今日でお別れ・・・


のはずだったから、私は仕事から戻ってきてすぐに散歩の準備
をしていたらタイムリーに飼い主さんから電話がかかってきた。

Dちゃんが「今ワイフが散歩に連れて行く所だったよ~
2匹共彼女と恋に落ちたかの様に大好きみたいで良くなついたよ~」
って言っているのを耳にしながら私は「これが最後の散歩だねぇ・・」
と2匹に語りながら靴を履こうとしていたら・・


「え?そう?こっちは別にいいけど・・ちょっと待ってて?」

とDちゃんは飼い主さんに何か言われた様子。

「これから迎えに行けるけど?そんなになついてるなら
今夜ここに置いて明日迎えに来るって、言ってるけどそれでいい?」

もちろん、私は即

「明日??じゃあ今晩はここに居てもいいんだね?
私はもちろんそれでOKだよ!」

とワンちゃん達が今晩も我が家に居る!と言う嬉しさから
速攻そう答えていた、だから今まだ2匹は我が家に居るの。

でもね・・・・
この後私の中にこの飼い主さんに対して疑問が生じた。

これは本当、私がただ感じた事なんだけど

私も旅行に出る、その度2匹の猫を友達が見てくれていた。
友達の家に預けた事もある。その時はどんなに遅いフライトで
帰ってきても速攻迎えに行ったものだった。
何日か離れてるだけで自分の家の子(ペット)なら会いたくなる
のが普通では?なんて思ってた。

そう考えたらね・・・なんだろ?
このワンちゃん達の飼い主さんちゃんと愛情注いでるのかな?
ってBAD FEELING(悪い予感)が芽生えた。

分かってる。これはあくまでも私がそうだから、そうしなかった
彼に疑問を抱いただけで、人それぞれ動物の愛し方や接し方も
それぞれだって事。

でもDちゃんにこの事に関してどう思うか聞いてみた。
すると彼は

「う~ん、君が喜ぶと思ったから後一晩置いたんじゃないの?」

と頭をかしげながら答えた。

私はただただ何かが胸にひっかかった気分。
それに犬を置いていった日飼い主さんが

「この子達は散歩の時オーナーと一緒に歩く事しないから散歩中、
言う事聞かなくなったらこのカラー(首輪)つけて!大人しくなるから」

と、こんなカラーを置いていった。

102382045957_290.jpg


この首輪は犬が自分の思う方向に進まなければ引っ張って
首に違和感をあたえその動きを阻止するといった目的の首輪よね?

Dちゃんも私もコレ受け取った時は目を真ん丸くしたよ。

こんな物を犬につけれる訳が無い。
もしも犬がそこまで言う事聞かないなら?何故に言う事を聞く様に
しつけないんだろうって・・

犬を飼ってない私達、言うのは簡単。と言われそう。
でもこの1週間で2匹共ちゃんと「STOP」も「GO」も覚えた。
全然悪い犬じゃない。

だから私の中でやっぱりBAD FEELINGSが芽生えてる。

犬を飼ってる方でこの首輪について何かもっと詳しく知ってる
方が居たら教えて欲しい・・・・。

私の考えすぎであればいいんだけど・・・
この2匹がもらえるべき愛情を飼い主さんからもらってる事を
祈るばかり・・・。

明日私が仕事の間に引取りに来るみたい。
それで良かったと思った。別れは人であれ犬であれやっぱり辛いね?
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

17 : 39 : 27 | フォトエッセイ | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
The path I had to take.
2005 / 12 / 24 ( Sat )
今年も後わずか・・・気がつけば師走のあわただしさに来年が
もうそこまで来ている事を知る。

今年は私にとってどんな年だったかなぁ・・・。

去年はリハビリの年、そして今年はリハビリを終了させて
前へ進もうとした年かもしれない、


社会復帰も無事出来て、ちょっとずつ仕事をこなしていこうと
仕事を開始して、気づけば掛け持ちで仕事が出来るまでになった。

最初に手にしたお給料は本当に嬉しくって、それを手にした時には
支えてくれた夫の顔やリハビリ中ずっと支えてくれた友達の顔を
思い出してた。

そして「仕事をする事」に慣れてくると今度はそれぞれの職場から
偶然にも仕事を任されるポジションを頂いた。

その意味は?

きっと・・・私は今試されてるんだよね?

仕事にも復活出来る様になり、体も順調に回復した。リハビリ期間を
終えた今本当に仕事をこなせるんだね?

って試されてる気がする。

私が体を壊してから約10年、長い長い道のりだったけどやっとゴール
が見えてる様な気がする。

2年前大腸癌と聞かされても戦う気力が自分にあったのはきっとそれまで
の8年間があったからだと思う。

私が最初に体にメスを入れられてから癌になるまで・・そっちの方が
過酷過ぎたから。


10年前腹部に激痛が走り、高熱にうなされて救急病院へ。

実はこの時すでに私には大きな子宮筋腫があった。。。

でも私を診察した医者は、それとは関係無く、熱が下がるまで様子を
見たいから入院する様にと当時の夫に言った。

当時の夫はアメリカ軍属の仕事をしていたので日本のとあるベースの中
の病院での出来事だった・・・。

この時におかしいなって思ったよ。

だってアメリカの病院ってよっぽどの事が無ければ入院ってさせないからね?

それから2日間入院したけど熱が下がらず高熱にうなされてお腹の
痛みも増すだけ・・・。

医者は「盲腸かもしれない」など曖昧な事を言いながら色々な検査を用意した。
盲腸の検査なのに何故に?って思う様な検査もした。
この時おかしいって気づけば私の体にメスが入る事は無かったのかもね
そして熱が下がらぬままこれ以上の高熱は危険だから・・・
と手術をする事に、とにかく私のそんな状況を心配していた元だんは
医者に言われるまま手術する事に同意した。
彼としたら?氷のベッドに横たわる私を見るのが辛くって仕方無かったわけだし。。。

そして、手術。


私は胸下から下腹までメスを入れられた。


結局盲腸は関係無く、子宮筋腫が炎症を起こして高熱が出ていたらしい。。


普通盲腸の疑いを持った手術なら?ほんのちょっと下腹にメス
を入れれば済む事。

私の体は何故に切り刻まれたんだろ??


麻酔が覚めて集中治療室に居なきゃならない程の大手術だと知り
自分の体を見た時・・・・・・


言葉無かった。


体を拭いてくれる看護婦さんが私の体を起こすとガーゼが体全体
に敷いいてある・・・。

一体どうしちゃったの?

体がこんなに大きく切られるなんて考えもしなかったから。


その後分かった事。

私はモルモットだった・・・・。


この医者は自分の軍医としての成績を上げる為腹痛で急患として来た
私をモルモットとして使い手術の様子を部下達公開していた。


そして一番問題だった子宮筋腫はそのまま放置されたまま。。


退院した後私はこの医者を訴えようと思ったけど軍の病院で手術をする
場合、軍専用のコンセントフォーム(承諾書)にサインをさせられる。
それはどんなケースでも彼を訴える事は出来ない仕組みになっている。

でも私は諦めきれず色々とその医者の事を調べると?自分のキャリアの
為に全然マイナーな病気の人でもすぐにオペをしたがると定評の
ドクターだと言う事が分かった。

軍の医者はオペをたくさんすれば昇格するのに有利なのでね。

こんな医者の為に私の体は切り刻まれたんだって思ったら私は絶望の
淵に立って居た。


その後全く問題解決してない子宮筋腫が酷くなり、
2回も手術を受けなければならなかった。


傷がやっと薄くなったかな?と思うと次の手術へと・・
私の体の傷は一つ、又一つその上にと切り刻まれていった。

体に傷が増えていって、自分の体のパーツが一つ又一つ減っていって、
なんでこんな事ばかり自分に起こるんだろ?って悲観した事もあった。


でも、どんな時でも周りで支えてくれた夫や友達が居たからそれを
乗り越える事が出来たし、絶望の淵にいながらも必ずこれにも終わり
は来るんだよ!って信じたから今日まで来る事が出来たんだよね。

長い長い道のりだったけどちゃんと自分の足で立ってるし、
ちゃんと前を向いて歩いている。

癌になった時に「まだ生きたい!」と思う気持ちが自分を支配した時
だからこそ、今まであれだけの事も耐えられたんだよね?
って納得した。

どんな事があっても、生きると言う事を捨てたらダメなんだよ。
生きていればこうした悲しくって理不尽で納得行かない事はたくさんある。

でもそれで生きる事を止めてしまったらそんな悲しい事しか知らずに
自分の人生が終わってしまう。

それに打ち勝った後の楽しさは本当の楽しさなんだって事を何度も
切り刻まれた傷からもらった私はだから歩き続けた。

ゴールを探しながら。。
今はもう、そのゴールが目前に控えている??

いや・・・もしかしたら人生・・・ゴールなんて無いのかもしれないね???

ゴールはただ単に道しるべ。
またそこから次の道しるべに向って歩いて行くんだよ、きっと。。。









テーマ:健康 - ジャンル:心と身体

08 : 01 : 54 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
月への想い・・・・
2005 / 12 / 16 ( Fri )
moonpoem.jpg




それは、思い出。

一緒に「綺麗だな」と言って見たあの月を思い出し、
想うのは月を見ていた貴方の横顔。


それは、願い。

こうして離れた場所に居ながらも貴方の魂は私の
隣に居るであろうという願い。


それは、寂しさ。

一緒に見れぬ、この月は貴方と私のその距離そのもの。
綺麗なその月灯りに寂しさが溢れ出る。


それは 愛。

満月の下、離れた誰かを想うその気持ち。
満月の下、近くに居てくれるその人への感謝の気持ち。
満月の下、綺麗なその姿を綺麗だと思える気持ち。



そして、見上げれば今夜もその月灯りは
綺麗に儚げにその姿を見せる・・・・。


テーマ:たわごと - ジャンル:心と身体

05 : 48 : 18 | フォトエッセイ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
what goes around comes around.
2005 / 12 / 13 ( Tue )
自分が人にした事は必ずどこかで戻ってくる。
だから誰にでも最善を尽くしなさい。

コレは子供の頃から母に嫌と言うほど言われてきた言葉。
子供のマインドって結構白紙状態じゃない?
親が伝える事を本当にスポンジの様に吸ってしまうよね?

だから私もこうして聞かされた事は忘れないで居るのね。

我が家には猫2匹が同居していて、旅行に行く度その子達の面倒
を見てくれる世話係のお姉さん@アロハが居る。

そんな彼女の存在があるから私達は旅行に出れる訳で、本当に感謝してる。
その彼女も犬が居るんで、もしどこか行くならドッグシッターしたい
なぁ~って思ってるけど旅行には出ない人なのでそんな機会も無い。

するとね?この間Dちゃん@夫が仕事から帰ってきてこんな話をした。

「一緒に働いてる人、犬2匹居るんだけど?どうしても急用で2週間
メインランドに戻るみたいで今ドッグシッター探してるみたいだよ?
僕たちいつもアロハに猫の世話してもらってるのにそのお返しできて
ないよね?これってその相手は違うけどどこかで返せるって言う機会じゃない?」

自分達がお世話になってる事を他でお返ししようと言う考え。

Dちゃんのその考えは私が子供の頃から言われてきた事を通じるものが
あって凄く嬉しくなった。

もちろん即OK!と返事して、来週から我が家には2匹のワンちゃんが
家族の一員@短期間となる予定。

よく・・実家に戻ると見た事の無い、絵とか版画があって?
母にどうしたの?と聞くと彼女はこう答えた。

「あぁ~お母さん、ついね?道ばたとかでこういうの売ってる外人さん
見ると?買ってあげなきゃ!って思ってしまうんだよ。

異国の地で頑張ってる人見ると応援したい気持ちになるんだよ。
異国に居るお前もこうして誰かによくしてもらえるかな~て思ってね?つい買っちゃうの」

とさばさば言ったお母さんのその言葉から凄い愛情を感じた。
母親はいつどこに居てもこうして我が子の事を考えながら、
人にもやさしくなれるんだなって・・。


自分が人を傷つける様な事をしたらそれは最後必ず自分に戻ってくる。
そして自分が人に良い事をしたらどこかで必ず良い事として戻ってくる。

お母さんはずっとそれを信じて生きてる。

いつも見返りを求めず人に最善を尽くす彼女の姿がそれを語ってる。
とても説得力あるその姿。だから私にもその考えがちゃんと伝授されてる。

私はこんな風にも解釈した。

人に良くするのに理由は要らない。
ただ良く出来る自分を嬉しく思えばいいと思う。
人に良く出来るのは自分が安定しているから・・・
その自分の環境に感謝しなきゃね?

人を傷つけるのにはありとあらゆる理由が要る。
ただ最後に最も傷つけるのは自分自身だという事。
人を不幸にして幸せは立たないと思うから。

お母さんの教え、こうして私の中で進化している・・・。








essay.jpg




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19 : 15 : 44 | フォトエッセイ | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
importance of your words
2005 / 12 / 09 ( Fri )
HPから始まり、今はブログをメインにネット活動(笑)している私。
このブログと言うのも最近ではなかなか定着してきて、たくさんの人
がその存在を知っているよね?

HPと比べてとても手軽に記事をアップ出来るというのが魅力かな?
日記だったり地域情報だったりつぶやき事だったり、レシピだったり
本当にたくさんのブログがある。

で人気ブログになるとその人の記事が出版決定なんてなったりして、
ブログにはさまざまな可能性を感じる今日この頃。

そんなブログ事情、私はマイペースに楽しく更新!
遊びに来てくれる人が


一日一笑



出来たらいいなぁ~なんて思いながら記事をあげている。

でもこうして公の場で記事を上げる以上自分が出した記事に責任を
持たなきゃいけないのも確か。

自分の主観で記事をあげていいのか悪いのかこれはブロガーにとって
頭を抱える所では?

例えば、○○屋の○○はまずかった・・・

これは私がそう思った事であって私には事実なの。
だからそれをそのまま記事にする。

でもそれがある人には事実じゃないかもしれない。
でも・・・こういう事を考えたら記事は書けない。

だから私は自分の主観で物事を書くことはありだとしている。
だって・・・これだけの人が居て、これだけのブログが存在して、
全てが一定のガイドラインの記事なんて逆に面白くないと思うよ。

私は○○屋の○○好きだったけど、貴方はどうして美味しくないと思った?

と知る楽しみ、自分と違う意見を受け入れる器育成、自分の考えや
自分の持つ個性を知るチャンス・・

こういう風にブログを捉えたらいいんじゃない?って思う。
また、記事の中に出てくる批判に関しても同じ。

自分がちょっと??と思う事を記事にしているだけ。
でも、重要なのは「私には、そう感じられる」と言う事を必ず記さないと
その批判も決め付けとなってしまう。

そしてブログを通して遊びに来てくれる人も読む記事によって
見方が変わる時があると言うのも頭に入れて記事にしなければならないね?

そういう事全てを考慮して私は上げたい時に上げたいだけ記事を上げてる。
文字の世界なだけに言葉の大切さを感じながらね?

でも一番の楽しみは・・・上げた記事を誰かが読んでくれて何かを
感じてくれる事じゃないのかな?
きっと他のブロガーさんもそうだと思う。

独りごとをつぶやきたいだけ・・
でもつぶやいた事記事にした時点でそれは誰かに向けて発射されてる。

知らずのうちに読まれる喜びもそこには絶対含まれてるんだよね?
だから・・・・

今日もこうして記事を打っている。。。(笑)

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09 : 01 : 25 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
meaning of my tears
2005 / 12 / 06 ( Tue )
私は以前レンタルビデオ店で働いた事がある。
ハワイで日本の番組をレンタルするお店でかなり長い間そこで働いた。

よく「貴方の様な方が何故ここで働いてるの?」と聞かれた事がある。
私に対しての褒め言葉のつもりで言ってくれてたのは分かっていたが
ここで働くってそんなに見下される事?と何度も首を傾げたものだった。

父がいつも私に言っていた

「どこで働くじゃなくて自分がどう働くかが大切!」

の教え通り、そこで働いていた時も出来るだけ自分がお客さんに
とって助けになる様にと言う意識で働くように努力した。

たかがビデオ屋だけど、そこに来るお客さん達のほとんど
は年配の方々で、在米歴何十年って言う方達ばかり。

そんなお客さん達にはそれぞれの人生ドラマがあった。

私はそんなお客さん達の話を聞けただけでもこの職場から何かを
得れた様な気がした。

頑張ってアメリカ生活をしながらも日本を思う気持ちは募るばかり。
そうして年を重ねて行った彼女達を見ると自分が年老いた時の姿が
想像出来て、それに重ねたりもした。

そんな中病気で寝たきりなのでお店には来れないが旦那さんが
ビデオを取りに来るTさんと言うお客さんが居た。

Tさんは電話をかけてきては「ドラマとドキュメンタリーをお願い」
と淡々とした口調でリクエストをしてはビデオ選びを私達店員に任せた。
時には厳しい口調で「面白いビデオを選んでって言ったのに?全然面白くなかったわよ!」
なんて事を言っては私達を困らせた。

我がままなお客さん!と言う評判が働いてる私達の中で定着していたが
そのうち彼女は私を指名する様になり、旦那さんがビデオを取りに来る
時にはかならずお菓子など手土産を持たせてきた。

彼女が電話で例の厳しい口調のまま

「あんたが一生懸命選んでくれてるって思ったらありがたいさ~」

と言ってくれ、土産はその感謝の気持ちだと言う。

私は彼女に
「Tさん、だって もしも私の母が異国で病気して楽しみがビデオしか
無かったらやっぱりお母さんが楽しめる番組を選ぶと思うから、
Tさんが好きそうな番組を探してるだけよ?」

と伝えると彼女は「ありがとね、ありがとね。」と何度も言ってくれた。

その時に私は彼女とは一度も会った事が無いけれど、何故か彼女の人生
がアメリカに来た当初とても辛い物だったのではないだろうか?と
想像していた。

そして、私は店を去る事となった。
彼女は何度も「残念だ・・」と繰り返し、旦那さんからは「今まで
本当に世話になったね?」とプレゼントを頂いた。

それからもう2年半が過ぎただろうか・・・?


今日買い物をしていたらTさんの旦那さんとばったり会った。

「私の事覚えてる?」と聞くと彼は凄く嬉しそうに
「もちろんだよ」と答えてくれた。そしてTさんはお元気?と聞くと

「彼女は丁度、去年の今頃・・・眠る様にしてこの世を去ったよ。」

と下を向いて話を続けた。

「わたしと彼女は50年近く連れ添った。
彼女が去年居なくなった事に最近やっと慣れた所だ。
でもやっぱり彼女を思わない日は無いんだよ」

とあふれ出す涙をこらえる為に目をこすった。
私は・・・彼には申し訳なかったけどそこで号泣した。

一度も会った事の無い人の死。

だけど凄く悲しかった。

彼女が居なくなった事に時間の流れを感じ、
彼女が居なくなった今も彼女を思う彼の時間は彼女が
亡くなって以来止まっているかの様にも思えたから。。。


そして、彼女の声がクリアに聞こえてきた。

「ありがとね、ありがとね。

こうしてビデオを見るのが今のあたしの楽しみなのよ。

あんたは気持ち込めて私にビデオ探してくれてるって分かるんだよ」


私はそうやって少しでも人の心に触れる事が出来て少しでも人の
楽しみの手助けを出来たんだな、と改めて実感した。


「それじゃ、お元気で」

と分かれたTさんの旦那さんの後ろ姿は私には泣いている様に見えた。

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19 : 18 : 36 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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