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自分磨きの旅
2005 / 06 / 26 ( Sun )
だいぶして来た気がするよ・・・(笑)

いつも目標に出来る様な素敵な誰かを見つけて
でも自分らしさは失くさずに自分の細胞を活性化させよう~
って思って日々生活してたと思う・・・

以前エッセイで記事にした私の好きな言葉
全てPで始まる言葉達?

私の好きな言葉♪モチベーションワード

これを頭の隅に置いて意識しながら一日を終えられたらと思ってる。

難しい日もある。
出来ない日もある。

でもそんな時は自分を責めずにそういう時なんだなぁとその
波に乗っかる事も覚えたみたい。

その昔・・自分が出来ないと言うのが非常に嫌で無理をして
頑張りすぎちゃった事もあったけど
長い目で見て 結局人生成るようになるんだから波に逆らわない
のが一番なんだ!と思える様になった。

自分でコントロール出来ない問題はいくら本人が張り切ったとしても
解決出来ないよ・・・

例えば病気なんかがそう。
なってしまってアタフタしても何も変わらないってね?
それならその現実をちゃんと受け止めてその先どうなるかを
模索すればいいと思える様になったなぁ・・・。

人付き合いもね?若い頃は割と閉鎖的な考えだったかもしれない・・・(笑)
自分が好きな事だけに熱中してたから自分と同じ事に
興味持たない人に興味無かった。

自分にとっていつも側に居てくれる親友が居たからそれだけで
十分だった。

顔見知りやちょっとした友達は居たけどなかなか深く知ろうともしなかった。

でも今考えたら相手は私の事をもっと知りたかったかもしれないね?
でも私がそうなる前にシャッ!とカーテン下ろしちゃたから
なかなかそれくぐって入って来れなかったんではないかな?

それが色々な出来事を経てどんどん自分の視野が広まって
同じ興味を持つ人じゃないから面白い?なんて思える様になって行った。

そんな私がいつも人と出会った時決めてる自分との約束事?
それは出会った人を最初のフィーリングだけで判断しないと言う事。

初対面の時になんだかあまりしっくり来ない人が居たとしても
必ず2度会って話してみたいと思う。

2度会ってしっくりこなかった場合最初のインスピレーションが
正しかったんだろうと付き合いを考えるし
2度会ってうわぁ~なんだ!最初のインスピレーションって
間違ってたんだよ!ってな時もある。

それから自律神経ってのちょっと勉強した事があったけど
凄い興味深い事実を知ったよ。

自律神経って「誰が」と言う主語や人称の区別が付かないみたいだ。
だから全て自分が発した言葉は本人の事として受け止めてしまうみたい。

それ知った時に思ったよ。

だから人の悪口を言う人って悪人の顔なんだなぁって・・。

悪口を言う人からいいオーラーは出てないでしょ?
その人の自律神経が悪口を言ってる本人をその悪口のターゲット
として認識してるんだよ。

自分の発する言葉は実は鏡の様に自分に跳ね返ってくるって事?

そう考えたらなるほど!って思った。

私は人と接する時なるべく相手の持つ良い所や素敵な所を
自分なりに発見してそれを伝えたい人なのね?
人って人の粗探しに走りがちじゃない?何故ならネガティブな
事の方がポジティブの事より目立ちやすいから。

でも誰だってネガティブな事を聞くよりもそうやって自分が持つ
良い所を言われた方が嬉しいじゃない?

だから自分が嬉しいって思う事をただ人にもしてるだけだよね?

それをこの自律神経の法則(笑)をベースに解釈すると?
人を褒める=自分をも褒めてるって事になり
褒められる=嬉しい
そしてその嬉しいオーラーが出るんじゃないかなぁ~って思ったよ。

いつも輝いていられるのってそういった自分の中のポジティブ
を自然に引き出す事なんだなぁって気づいた。

そうやってこれからも自分の内面をちょっとずつでいいから磨いて行きたい。

多分一生やってるね?自分磨きの旅・・・(笑)



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10 : 37 : 35 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
こんな時代だから・・・・
2005 / 06 / 24 ( Fri )
日本からいとこが遊びに来た。
満月の月明かりの下波の音を聞きながら色々な事を話した。

彼は30代の半ばで仕事が自営業という事もあってか?
とてもフランクで硬い感じが全くなくとにかくオープンマインドの人。

言葉は少ししか通じなくとも会話をしよう!と必ず行く所行く所で
片言の英語でしゃべりかけていたその姿が印象的だった。

(『あいのり』と言う番組に出てるヒデにキャラクター似ている様な気がしたな・・笑)

そんな彼が言った。


「今ね?日本は病んでるよ。子供が人を殺し、親は子を放置する。
悲しい事故があった日にしゃあしゃあと飲み会に行ける人達が居れば、
その悲しい事故からヒントを得ていたずらに事故を起そうと思う奴らが居る。

みんな心の中の何かが壊れてしまったんだよね?
何かにイライラして 何かに不安で 怒りの表現が変な方向に走ってるんだよ・・・」

うんうん・・・ニュースでの事件を読むと目を疑う事件ばかり。
確かにいとこが言う通りかもしれない。


「だから・・・僕は思うんだよね?
こんな時代だからこそ 家族の絆って大切なんじゃないかって。
いとこ同士だって立派な家族じゃない?
こうして僕のハワイ旅行でくろちゃん達と会えた事本当感謝してるよ」


とも言ってくれた。


本当そうかも。すさんだ時代に家族の絆は重要。
何かあった時に自分をサポートしてくれる家族が居る!と思うだけで
その何かに対しての解決策が暴力から遠ざかるんじゃないかな。

こんな時代だからこそ
私は人との繫がりを大事にしたい。

ファミリーもそう、友達もそう、

色々な所で出会うべくして出会った友達。
去る人も居れば来る人も居る。


去る人・・・

別れは悲しいけどその瞬間から次に会える日への
カウントダウンが始まってるんだという風に
発想の転換をすると楽な気持ちで居れる。
それに何と言っても去る人とは数々の思い出を
一緒に作れたと言うある種の達成感がある・・・。


来る人・・・

出会いは色々な所にある。私がこれから出会う全て
の人が私にとって何一つ無駄じゃない事だけは分ってるよ・・。


いとこがこんな時代だからと言って日本が抱えてる問題を語った時に
自分の国の様に胸を痛めた私の夫がどんなに日本を愛してるかも分った。

こんな時代といいながらもたくさんの愛情を見出せた
会話は凄く貴重な物に思えたなぁ・・。

こんな時代だけど私達は今日もまたその日を生きてるんだものね・・・?




12 : 11 : 50 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
LOVE LETTER--届かぬ手紙 2
2005 / 06 / 16 ( Thu )
私から・・・親友へ

もう15年にもなるんだね?
貴方が冷たい体になって白い箱に入ってしまってから・・・。

そんな長い年月が流れても私は昨日の事の様に思い出すよ?

貴方がこの世から居なくなったと聞かされた日の事を。

貴方がアメリカに行って向こうに居る彼と一緒に住み
学校に通いたいと瞳をキラキラ輝かせて話した時
私はいい返事をしなかった・・・

確かファミレスで話してくれたんだよね?
その時私は何故か貴方は今アメリカに行くべきじゃない
と思い貴方の計画に反対したよね。
でも貴方は初めて私の意見に耳を持たなかった・・・。

いつもは私の意見を凄く重視してくれてた貴方が
確信を持って突き進めたその計画。

それを知った時私もそれを応援しよう!と気持ちを
切り替えて貴方を見送った、

しばしの別れだと思い・・・。

まさかこれが永遠の別れになるなんて誰も思わずに。

そして秋風が吹き始めた頃届いた悲報。

私は信じなかった。

信じたくなかった。

間違いに違いないと自分に言い聞かせて貴方の家に向った。

いつもはほのぼのとしている貴方の家の中は
とても重たい空気に包まれていたのを覚えてる。

当然だよね?

外務省から「娘さんが銃で撃たれて死亡しました」
って連絡が入る事など夢にも思ってなかっただろうから。

おばさん達が私に事の真相を突き止めたいので
あちらの警察に電話をして欲しいと深く頭を下げた。

誰もがこの時点では信じたくなかった貴方の死。

私の手は震えながらダイヤルを回したよ
どうか誤報であります様にと祈りながら。

でも願いは無残にも敗れた。。。

貴方は本当にこの世から去っていた。
しかも愛する人に命を奪われた。。

眩暈がしてその場で泣き崩れた私をおばさんが大丈夫~
大丈夫って背中をさすってくれた。

本当は一番辛いはずのおばさんが私を慰めてくれた・・。

しっかりしなきゃならなかったのに・・ゴメンね。
どうする事も出来なかったよ。

それからおばさん達とアメリカに飛んで貴方を迎えに
行った。

貴方は変わり果てた姿で横になっていた。

その姿を見て・・・

今まで私が貴方と共に過ごした10年間の日々が蘇った。
私が一番輝いてた時期を貴方は私の側に居てくれたのが
フィルムの様に私の脳裏に映し出されたよ。

いつもの様に手を握ってみたけど・・
貴方の手は冷たかった・・・

でももしかしたら握り返してくれるかなって期待で
何度も何度もぎゅっと握った・・・

動かなかった。いつも貴方が私に自慢してた綺麗な指も
その長い爪も・・・・びくともしなかった。

日本に一緒に帰ろう・・・

そう言うのが精一杯だった。そして貴方は煙になり天に
登って行ったね?

それから日本に戻り人がどんなに醜くなれるかを知った。

憔悴するおばさん達や私にマスコミは容赦しなかったんだよ?
貴方がどうして死んだか?色々な憶測が流れた・・
断っても断ってもやって来た取材の人達。

見えない?

私達の心が粉々になっているのが・・・

そう言いたかった。
もう私達をそっとしておいて欲しかった。

貴方の死があまりにも興味本位に取り扱われたのが
たまらなかった。

貴方は貴方の夢を抱いてアメリカに行ったでしょ?

幸せだったよね?
誇れる人生だったよね?

でも・・・

私が最後側に居なくて寂しかったよね・・・・。

貴方はアメリカに渡ってから毎日私に手紙を書いてくれてた。
学校での様子や彼との同棲生活の楽しさ。

そしていつも最後に英語で

I know there's no friend like you !

(分ってる・・貴方の様な友達他には居ないよ!)

と書いてくれたよね・・・。

私達10年間気がつけばどこに居ても一緒だったよね?
そんないつも一緒だった私が側に居なくって本当に寂しかったね。

なのに・・・私は貴方に早くそっちの生活に慣れて欲しいと

「私は日本で楽しくやってるから!貴方もアメリカの生活を
満喫してね~」

なんて言う手紙を出してしまった・・・

それは嘘だらけの手紙だったよ。

私だって寂しかった。

だから今こうして本当の事をこの手紙に書いてる。
届く事は無くてもこうして書いてる。

最後側に居てあげれずに本当にゴメンね・・・。

今では貴方が居なくなった事にも慣れたけど
私の心にはいつも貴方が居るからね?

貴方が居たから開ける事が出来たたくさんの幸せのドア、

そして今の私が居るよ。

ありがとう。
18 : 12 : 34 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑
LOVE LETTER---届かぬ手紙
2005 / 06 / 12 ( Sun )
**加害者から被害者への届かぬ手紙


一度は鮮やかだった僕の人生から色が消えた。
起こってしまった事に対して心が叫び声をあげている。

恐怖 混乱

その二つが頭を埋め尽くす、

混乱から抜け出す為に答えを探してみても
出口は見つからない

自分自身で作り上げたこの痛み、
どんなに涙を流しても貴方は戻って来ない。

土に戻ってしまった貴方よ・・・


僕は飛べない鳥の様にこれから
一生自由になる事はないだろう。

そしてその鳥かごを僕自身の手で
作ってしまった。

愚かな自分。


大切な愛が僕の元から去って行った。
僕に残されたのは愛しい貴方との楽しく
過ごした日々の思い出。

過去を振り返り生きると言う事の
大切さを始めて知る。

その大切な命を僕はこの手で
貴方から奪ってしまった。


ナミダ・・ どうしてこぼれ落ちる?


一度は希望に満ちた日々、
今は たった一人の日々。


どうしたらいい?

何をしたらいい?

自分自身から愛する人を奪い
たくさんの人を哀しませた僕には一生
許される事の無い運命しか残っていない。

僕はこのまま一生この十字を背負い生きていく。

どうしてこんな事になってしまったのか
悲しみに包まれながら答えを探し続けていく。

貴方に対する愛は途切れる事なく。


****彼はそれから15年経った今でも鳥籠の中で
空を眺めていた。*******
19 : 46 : 58 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
女磨きの原点 -最終話
2005 / 06 / 11 ( Sat )
*この記事はPART-1から始まってます*


思い切って声をかけたお姉さんに弟の同級生よね?と言われ
びっくり仰天の私・・・

「え?弟さんですか?」

と聞き返すと

「うん~私の弟○○中学だったけど確か貴方弟に会いに
遊びに来たんじゃない?名前はO・Mよ?」

あぁぁぁぁ~~!!!あのM君!?
かなり親しくしていた!その子はギターが好きで?
いつもギターの話していて家に遊びに行ったりしたんだよね?
しかも誰もが知ってるシスコンだったの!
何かあれば「俺の姉ちゃんは~」っていっつも話してたけど
まさか目の前に居るこの美しい人が彼のお姉さんだったとは・・・


なんて偶然!と思うと私の興奮は増す一方!

「じゃあ?私が遊びに行った時家に居たんですか?」

と聞くと

「そうよ~元気のいい子が遊びに来たなぁ~ってキッチン
から覗いたわよ?」

って・・・φ(≧▽≦)ぶわっはっは!!

確かに元気は良かったです。ハイ。

そんな話をしながらあっと言う間に気づくと駅の改札まで
歩いてた・・・。
お姉さんは傘をたたみながら

「貴方の学校もこっち?」と聞いたので私は

「あぁ・・いや・・私は○○駅なんですけど
今日は居眠りして終点まで来ちゃいました!」とおどけてみた。

まさか「貴方に見とれてここまで来ちゃった!」とは言えないしね?

でもそれを言った時お姉さんが少し微笑んだのを
今でもはっきり覚えている。

それは私の座席前のつり革につかまったお姉さんを何度も
チョコチョコ見てたのをお姉さんは気づいてたんだろうね・・
だから私が居眠りなんてしてない事を知って微笑んだんだと思う・・。

こうして私はいつしかは出会っていたかもしれないその人
との出会いを自分で手に入れた。

それからすぐM君に電話してお姉さんと会った事を話すと
お姉さんが遊びに来ればいいと誘ってくれてると言う。

もう足に羽が生えたかの様に(笑)即遊びに行く約束をして
美味しいケーキを抱えて出かけた。

家に着くと本当にお姉さんが出てきた。
M君も居たけど今日はお姉さんに誘われたので手に持ったケーキ
をお姉さんにさし出すとM君が
「俺に会いに来た時は何もなかったのに?」と私を茶かした。
ゴメンね~M君!でもお姉さんに会えるって思ったら気合が
入ってたのよ~って心の中でつぶやいた。

で最初は3人で音楽の話なんかしていたけどそのうちM君が
ギターをいじり出したのでお姉さんの部屋で二人で話す事になる。

その部屋は6畳のほどの部屋でベッドの上にはたくさんの洋服が
積まれていて鏡の前にはマリークワントの化粧品がキチンと置かれていた。

お姉さんはある会社の洋服のデザイン部で働いてる人だったので
今流行と言われる服についてどう思うか聞いてみると

「日本で流行りって可愛いものばかりでしょ?
私はそういうの全然趣味じゃないの。
私ねぇ・・・今付き合ってる彼がミュージシャンだからその影響もあるかな~」

と髪の毛を鏡越しにいぢりながらそう言った。

そう・・・まさに私と同じで可愛い聖子ちゃんカットも
小奇麗な浜トラもニュートラもお姉さんには対象外だったみたい。

凄い親近感を持てた瞬間だった。

そしてお姉さんは続けた

「私の周りね?変わった子達ばかりなのよ?デザイン系の
子はやっぱり個性的だし・・・
後グルーピーの友達も多くってねぇ~」

やっぱり!と思った。最初にバスに乗ってきた時から
お姉さんの持つ独特の雰囲気はどこかホテルで
バンドメンバーを待つグルーピー嬢に通じるモノがあったから。

「私はミニコミとか作るのでやっぱりホテルでグルーピーの
お姉さん達を見てきたけど?お姉さんは興味ないの?」

と聞くと

「だってぇ・・アレはただ単に日本に居る間のミュージシャンの
相手でしょ?嫌よ~私ね?○○のバンドメンバーにこれだけ出すから
自分の女になってくれ!って哀願されたのよ?でももちろん断ったわ・・・」


うひゃぁ~~その○○ってバンド?とっても有名バンドで今でも
彼らの曲が流れたりするけど・・・
やっぱりお姉さん程綺麗だったらそりゃ~誘われるだろうなぁ・・
と相槌を打ちながら聞いていた。

「女性は自分を安売りしたらダメよ?
男の人はそういう女はただ単に公衆トイレとしか思わないの。
お金で買おうとする男もダメ!このミュージシャンもとても
有名だしお金さえ積めば私がホイホイ来ると思ったんでしょう?
ダメよ!男が女を私物化しちゃうんだから」

とタバコに火をつけながら柔らかな口調で言った。

お姉さんの話は私の価値観と限りなく近いモノがありお姉さんが
言う事に全て頷いてたのを覚えてる。

それから日曜日になると度々お姉さんと原宿や渋谷に買い物に出かけた。

お姉さんが良く行くブティックを回り私もおこずかい程度で
買える服を選びなんとなくお姉さんに近づけてる気がして嬉しくなった(笑)

お茶をしてる私達は多分友達同士に見えたかな?

私は16歳にしては大人びて見られたのでお姉さんと4歳年が
離れてるなんてきっと誰も思わなかったはず。

それにしても今思えばお姉さんは20歳だったんだね?
モノの考え方とか凄いしっかりしてたし又そのお姉さん
と付き合えてた自分も多分子供ながらに
自分は大人なんだ!って思ってたんじゃないかな?(笑)

表参道のカフェも渋谷のライブハウスも
全部お姉さんに教えてもらった遊び場。

そんなお姉さんと一緒の時間、
何をしても綺麗な人は綺麗なんだな~と感じずには
居られなかった事はたくさんある。

ラーメンを食べる時でもその横顔はアートだったし。(笑
私はお姉さんに少しでも近づきたいとメキメキこの頃から
女磨きに興味を持ち始めて頭のてっぺんから足の先まで
ケアーしよう!と頑張った。

そして色々な事お教えてくれたお姉さんには今でも本当感謝してる。
彼女と出会い多感な時期素敵な女性の姿を学べたから。

彼女が言った女磨きの原点それは

「顔は皆それぞれ生まれ持ったもの。貴方は私の顔を美しいと
褒めてくれるけど自分の顔を鏡で良く見たことある?
貴方の顔も美しいのよ?
自分の顔をまず愛してあげないと顔は輝かないからね?」

と・・

以来私は女磨きの原点に帰る時必ず自分の顔を鏡で見る。

今そこには年を重ねた自分の顔があるけどそれは私の歴史を
浮き彫りにしたもの。
今のこの顔を大切にしなければいけないんだよね?
と自分に言い聞かす。
その度自分の中でお姉さんが蘇る。

お姉さんとはその後も仲良くしてもらったけど私の海外生活が
始まりお互い忙しい生活の中連絡が途絶えた。

それまで付き合っていたギターリストと別れ結婚したと言う
話を何年後か里帰りした時にお姉さんの弟の友達にばったり
会い知った。

残念ながら連絡が途切れてから今はどこでどうしているか分らないけれど・・
私にとって女性の真の美しさを教えてくれたその人は
今もきっとどこかで輝いて生きてると思う。

私も『あの人はきっと素敵に年を重ねたんだろう』と思われる様な
そんな女磨きをしたいと思いながら今日も鏡で自分の顔を見ては
その顔に刻まれている自分の歴史を愛しいと思う様にしてる。

そう・・・・彼女の教えのままにね?




09 : 52 : 03 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
女磨きの原点 PART-2
2005 / 06 / 11 ( Sat )
*この記事は連続記事となっていますのでPART-1よりお読み下さい*


朝いつもは最寄の駅までチャリ族だけどその日は
雨が降っていたのでバスで最寄の駅まで出る事にした。

バスは通勤時間って事もありたくさんの人が乗ってたけど
ラッキーな事に私は席に座る事が出来たの。

でバスが進むにつれてうとうとなんかしてね?
とにかく朝どこにでもある通勤風景だったんだけど・・・

何個目かのバスの停留所でその人は乗ってきた。

彼女がバスに乗った時にそれまでうとうとだった私の目は
全開。周りの人も「ん?」と皆見ていたと思うけどそれさえも
目に入らない位その人の姿は綺麗だった。

しかも・・私の席の前のつり革につかまった・・・
あ・・やばい~~ついつい見てしまう私。

彼女と目が合った時には心臓が飛び出る位緊張したよ・・

バスの中は通勤時でOLさんがたくさん乗ってたけど
その人は明らかに?OLさんではないいでたち。

髪の毛はその頃の呼び名で言えばカーリーヘアー?
カーリーヘアーなのにも関わらずそのヘアーはつやつや。

そして足元は10㎝位はあるのかな?高いヒールに皮のタイトスカート。

お肌は陶器で出来たみたいに真っ白で目は切れ長の大きな二重まぶた。
唇の形はまるで口紅のポスターから抜け出したかの様に綺麗な形。

神様はどうしてこんな綺麗な人を作っちゃったの!

と思えるその美しさ。


私は自分が降りる停留所が来ても降りることが出来なかった。


気づいたらバスの終点まで来てた。

彼女がバスを降りた後私も続いて降り傘を広げながら
そのお姉さんが何をしてる人なんだろうと興味津々だった。

バスを降りて少し歩くと国鉄の駅の改札がある。
私はそこに着く前に思い切ってお姉さんに声をかけてみよう!
と思った、それで変な子ねと思われたらそれまでだと
開き直りお姉さんに近寄って


「すみません」

と話しかけてみた。するとお姉さんはにっこり笑って

「弟の同級生でしょう?」

って言った・・・


えぇぇぇ~~~弟??誰なの??
と私は頭の中で自分と仲の良い同級生の男の子を思い出していた・・

 

*********続く**********
09 : 51 : 40 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
女磨きの原点 PART-1
2005 / 06 / 10 ( Fri )
今になったら凄いエネルギーが動いてたと思うの。
私がティーンエイジャーだった頃のお話。
もうね?毎日が玉手箱を開ける気分だった。

私が必死で勉強して入った高校の実態は授業を真面目に
受けてる様で実はそれぞれが勝手な事してる生徒しか
居ないクラスでそれに凄い失望しちゃったのよね?

こんなクラスに入る為にあれだけの勉強したの?

って・・それから私も学校に対しての情熱?(笑)が
無くなりなんとなく学校に通ってた毎日だった。


でも私の中で沸々と自分がしたい事が具体化されて
きたのも又この頃だったかな?

中学生の頃から洋楽が好きでコンサートへ行くのが
私のその頃の趣味。それが高じてあるロックグループの
ファンクラブやらミニコミ雑誌やらとやらかしたのも
この時期(笑)

閃くと物事始めちゃうという私の性格は現在
でもそうなんだけど、その頃はほら?若かったからかな?
とにかく閃いた次の瞬間には何か行動してる様な子だったかな?

で私のミニコミ誌ね?(笑)今の時代とは全然違うから
原稿を書いて何部もコピーしてそれをホチキスで止める作業。

それでも私にしたら立派なミニコミ誌だったの。
そしてその頃って私も一緒に作ってくれたスタッフも皆
ニックネームを持ってたのよね?
う~ん今のこのネットの世界で言えばハンドルネームみたいな
モノかな??

いつでも 編集長:ルネサ(私のニックネームでした!爆)
って書いてたなぁ・・・
何故にルネサか?ってそれはきっとその頃夢中だった
ルネッサンス文化からルネサって付けたんだと思う。

あぁ・・時が流れてもひねりの無さは成長しなかった様で・・
黒猫が大好きだからハンドルネーム「くろねこ」にした私の
原点・・・やっぱりあったね?(笑)

そんな私は高校生になって夏休みとうとうとある出版社
でアルバイトする事になったのよ?

それが又楽しくって楽しくって、16歳の私には原稿を届ける
仕事とかしかなかったけど?自分が好きな事に関われた幸せ?
虎ノ門・新橋界隈をテクテク歩きながら「今を生きてる!」
って感じだよ~(笑)

あの時の私は今思い出してもきっと眩しいばかりのエネルギー
を放出してたと思うな・・・
学校でのみんなの会話はテレビの話やら恋の話やらがメイン
だったけど私は「いつか私の雑誌を創刊させたいなぁ~」
と夢見る夢子ちゃんだったかも・・・・。

自分でミニコミ誌を作るってのは学校が終わった後
コンサートや外タレとのインタビューに足を運ぶと言う毎日
だったけどこれがね?凄くハードスケージュールだったぁ・・。

学校の制服を着替えるのは必ず駅のトイレとかで?荷物を
コインロッカーに入れては新宿のホテルへ繰り出すの。
時間が無かった時なんてタクシーの中で着替えをした事もあるよ?(爆)

私が決まって外タレを待機するのはホテルの喫茶店?
16歳の小娘は頑張ってヒールを履いて背筋を伸ばして
慣れないルージュに戸惑いながらコーヒーを注文したっけなぁ・・・

外タレがよく泊るホテルってその頃は
京王プラザホテルだったり品川プリンスや東京プリンス。
とにかくその頃の手帳には都内のあらゆるホテル
の電話番号がぎっしりと書いてあったね。
誰かがあの手帳を覗いたら高校生なのになんか怪しい事でも
してるだろ?って思ったかもね?(笑)

特に京プラの喫茶店「樹林」は思い出深いなぁ・・

その喫茶室のマネージャーさんは最初私達を見るなり

「外国人バンドの追いかけか?まだ若いだろ?
こんな遅くまで外に居て家の人心配してるだろうに」

と話しかけてきたの。

私は子供だったけど客としてお茶を飲んでるのに
なんて失礼な奴だ!と思い

「あの?私達はココでお茶を飲んでるだけですよ?
それに追いかけなんてとんでもない!私達は雑誌の
インタビューでここに居るんです」

そう言い返したよね?(笑)

そうしてたら先ほど話を取り次いだとあるバンドの
ギターリストが登場した!そしたらそこで待ってた
グルーピーのお姉さま方もおっかけの子達も一斉に動こうとした・・けど

そのギターリストが動いた先は私達のテーブル。
さっきのマネージャーもグルーピーのお姉さん達の
視線も皆このテーブルに集中。

私は立ち上がってギターリストに自己紹介をして
自分のインタビューリストを広げ淡々と質問していった。

ものの10分だったけど満足いくインタビューが
貰えて凄い満足感。と・・・それを見たさっきの喫茶室の
マネージャーさんが

「コレは私のサービスだから・・・」

と新しくコーヒーを入れてくれた。
きっとただの追っかけかグルーピーだろう~と思った
事への罪悪感だったのかもね?(笑)

それからこのマネージャーさんとは顔見知りになって
樹林に行く度何かしらサービスしてもらったなぁ・・・。


そんな学校と取材の日々・・ま?取材って言ったって
自己満足のミニコミ誌を作るだけの取材なんだけど
それが楽しくて仕方のない毎日だった。

でもそれまで私はどちらかというと取材チーム!みたいな
格好でいつもパンツスタイルが多かったの。

周りみるとそりゃ~派手派手でセクシー路線のグルーピー
お姉さん達やブリブリ可愛い路線(ピンクハウス系)の
おっかけの子達が多かったから私の様なスタイルが逆に
目立ってたりもしたのかな?
たま~に私グルーピーじゃないのにタレントのマネージャー
を通して「部屋に来ませんか?」と言う誘いもあったから。

あ?(笑)もちろん行かなかったですよ?
だってぇ~行ったらどうなるかは皆さんお分かりでしょ?

だから私ってば・・・高校生なのに・・・
たまーにそのホテルのバーなどでバンドのメンバーと
インタビューなんかする時があってね?バーに座って
メンバー登場を待ってる間にもバーの向かいに座ってる
外国人の男性がこちらにすっごいビームを放ちカウンターに
置いてあるキー(その頃はカード式じゃなくってスティック状
になっていてそこに部屋番号が書いてあった)
を何度もこっちに向けて見せるのね?

私は子供だったけどきっとこれは大人同士のコミニケーション
の仕方なんだろうなぁ・・と自分に納得していました。

あ・・もちろん私も見た目は絶対に18歳位だったろうけど・・(笑)
不思議だわ~~大人になろうと必死だった・・
今じゃ~年をどうにかして減らしたいのに!(爆)

とにかくこの時期色々な社会見学が出来ました。
でもこの頃の私は自分が女である!と言う自覚があまり
無かった・・・
そのグルーピーのお姉さん達のくどいまでのセクシー路線服に
かなりゲンナリしてたし?

だけど・・・・
私の女磨きの原点になるその人と出会ってしまったの!

その人と出会った時最初に思ったのは

「私達と同じ生き物?」


そう・・・息を呑む位美しいお姉さんだったの・・・。




**********続く**************




07 : 32 : 31 | ひとりごとエッセイ | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
Mother, you are.....
2005 / 06 / 08 ( Wed )
身体の異変はもう一つの命の証拠
時と共に形を変えて自分の中で育つ命。

自分の中で育つ我が子との対面の日を待つ日々
それはそれは待ち遠しい日々

そしてやって来たその日、

その痛みさえ喜びの瞬間と変えてしまった
我が子との最初の対面

そして日々育てるという事の

喜び・楽しみ・嘆き・苦痛

を経て我が子は育っていった
スクスクと育っていった・・・・

しっかりと自分の足で立ちその姿は変わっても
いつまでも我が子は自分の腕の中で抱いた赤子のまま。

そして

立派に成長した我が子。
その我が子が今去っていく・・・

一人歩きを始める我が子の背中にそれまでの
我が子との日々が蘇る。

そしてどこに居ても 姿見えずとも・・・・

我が子を想う母の愛は計り知れぬ。

我が子の成長は自分の歴史
我が子への愛は無償の愛
我が子への想いは永遠の灯火

そして今日も又違う空の下我が子を想う。


MOTHER・・・YOU ARE


that's what you are to me, and there's only
ONE for me.

No matter where I was or I am or I will be,
You always give me your unconditional love.


and look at me now, I'm so proud to say that
you are my mother.


母なる人よ・・・

私がどこに居ても どこに居ようとも
いつでも無償の愛をくれる貴方。

こんなにも貴方が母である事を誇りに想う
私がここに居るよ・・・・


************************************************

友人Alohaと母へ捧げます。









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偽善者
2005 / 06 / 01 ( Wed )
私の知り合いに何人か自分達を【勝ち組】と称する人達が居る。

「お茶しましょう」と誘われ会えば必ずビジネスの話になり
どんだけ自分が経営コンサルタントとして成功しているかを語ってくれる。

人の成功論を聞くのは苦痛じゃないけど最後に彼女は必ず

「この世の中 人間2種類のタイプしか存在しないんだよ?
一つは利口でもう一つは馬鹿」

そうなの・・・こう言われるといつも戸惑う。
だってじゃ?私はどっちよ?って・・・・

白・黒はっきりした物の言い方だけどこれは彼女の価値観。
彼女が何を利口として何を馬鹿とするかだよね?

私にとってビジネスの成功がどうでもいい事だったらその為
に眠むる時間を惜しみ自分の生活を犠牲にしてる事を気の毒と
思ってしまうから。でも彼女にしたらそれは利口な者の生き方。

私は生きてくのに利口も馬鹿も無いと思ってる。

本当に人の価値観って分らないし何をどうしたからその人は
不幸せって言えない。。

でも私のこうした考え方は偽善だと言われる。


「そんな事言ってたってやっぱりお金は大切でしょ?
やっぱり成功したいでしょ?やっぱり素敵な暮らししたいでしょ?」


はい、もちろんお金は大事。でもお金にコントロールされて生きたくない。
お金に困った事は無いけどお金をばら撒くほど優雅な訳じゃない
けどそれでいいと思う。

ある人が私にこうも言った。

「貴方は人の心の痛みとか人の辛さを自分の事の様に受け止めてしまう。
それは非常に良くない。自分に関係ない事で何故胸を痛ませるの?
正直自然災害が起きたくさんの人が死んでも私はその人達が
地球の為に死んでくれたと思うよ。可愛そうとか思わない」

これを言った人も又自分達は勝ち組だと称してる人。
もちろんお金もあるし ビジネスにも成功してる。
でも人づきあいなどせず信じられるのはお金と自分だけ。

その彼女の生き方自体に何の魅力も感じないので
そう言われても私には全然響かなかったけど・・・。

仕方ないよね?いくら偽善者って思われようが何だろうが
友達や知り合いが辛い事や悲しい事を語った時
それを自分の事の様に感じてしまうのは感じよう!として
感じてるんじゃなく自然にそうなってしまうんだから。

災害が起こりたくさんの人が犠牲になる。
それを見てすごい辛い気持ちになる、でも実際には多大な寄付金
なんて送る事を出来ない。
それをしないのに辛い気持ちになる事っていうのは偽善なの??

思うけど・・

お金を差し出せば辛い気持ちを理解していると見なし
多大な寄付金は出来ないけ胸を痛めてる!って気持ちは
何の役にも立たないと考える人達は全てお金でその価値を判断するんだね?

私はもし・・・もし自分が大災害にあった時もちろん金銭的援助
をしてくれる人に感謝はするけどそれと同じ位ただ心を込めて
応援してくれる人にもありがたい気持ちで一杯になるけどな・・・

人生の勝ち組と豪語する人達はそんな応援は必要じゃないんだね・・・きっと・・・。




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