私の母は今年で66歳。 

とても元気に活動してるけど一年に一回里帰りする度彼女の身体は
小さくなってる気がする。

いつまでも変わらぬ永遠の大仏ヘアー(笑)
私のお母さんは相変わらず自分の着るモノや持ち物にお金をかけない。


いつも彼女は子供達の事しか考えていないから・・・・。

ずうっとそれは分ってた。そうして育ったからいつも感謝はしてた。。。


でもこうして小さくなった彼女を見ると


『もういいよ・・・自分で好きな事して好きに何でも買えばいいのに』

って思う。そしてそれを伝えた事もある。


でも彼女はかたくなに

『お母さんは別に何欲しいモノもないから』

って・・・本当に自分にお金をかけない・・・・


あ!でも食事に関しては彼女はお金に糸目をつけませんが・・・(黙)
(私が美味しいモノ食べるの好きなのはどうやらこの辺から来てるのかな?笑)


そんな母 明日ハワイにやって来る私の友達に娘の好物のお菓子を
渡して欲しいとわざわざ友達が住んでるK県まで出かけて行ったと言う。


私が大好きなお菓子を羽田空港まで行って買った後そのまま電車で
約一時間かけて私の友達の仕事場まで出向いた様だ・・・・。


それを友達に預けてまた彼女は電車に乗って帰ったという。


ただ単に娘においしいお菓子を食べさせたいが為に・・・・。


あの小さな身体で電車に揺られて私のお菓子を手に抱えて
出かけて行った姿を想像してみた・・・。


胸が一杯になったよ。 私ももういい大人なのに。
いくつになっても私は彼女にとって子供なんだよね。

こんな時遠くに住んでいる事を本当に申し訳なく思う・・・・。


お母さん・・・ありがとう。
人が自分に大切な人・モノを失った時に味わうこの感情・・・

みんなはどうやってコレと付き合ってるんだろう。
私も過去にその喪失感を味わった事がある。


自分の大切な友達が亡くなった時。

この世の終わりの様に泣いた。

いや・・・最初は泣けなかった。多分自分が大切な人を失ってしまった
事を認めたくない部分があったのかもしれない。

みんなには気丈だねと言われた。


でも心の中では叫び声を上げてた。


もう二度と会えないのかな?と思っただけで気が変にさえなった。


この時ほど時間を戻したいと思った事はない。


今・・・私の大切な友達もこんな辛い気持ちで居るのかもしれないと
思ったら自分までもが苦しくなってきた。。。。


だって私には分ってるから。


喪失感から味わう絶望的な感情は誰にも埋める事など出来ないという事を。


自分自身が泣くだけ泣いてその現実と向き合わなきゃならない。


自分が息をするのですら辛くなったりもする。


それでも自分は生きてる・・・・・


人は時間と共に忘れる事が出来ると教えてくれた人が居る。
でもその時間がどれ位かかるのかは私にもまだ分らない・・・・・


前向きに歩いていてもある日突然立ち止まる日もある。


私の友達もきっと今まで頑張って歩いて来た分ここで立ち止まって
いるのかもしれない・・・


さしのべる手はないけれど やがて又前を向いて歩き始める時には
一緒に歩いていきたいと思う。


それが唯一喪失感を味わった事のある私に出来る事・・・・・。



The real definition of LOVE is
LOOKING FOR GOOD IN THAT PERSON.

本当の愛の定義・・・それはその人にいい所を見つける事。



気がつけば 今年も後わずかとなっていた。。。

いつも思うけれど あっという間の一年だったよ。

瞬きをいたら一年が一瞬のうちに通り過ぎて行った感じがする。


今年は私にとってリハビリの年。


去年手術をして以来仕事に復帰せず家でゆっくりと毎日を過ごした。


時間はゆったりと流れたはずなのに何故か気がつけばあっという間に
今日になっている。


私の中を通り過ぎて行った感じがする。


私達が生きていくってこういう事?


気がつけば年を重ねていく。


日々の積み重ね・・・・


それぞれの日々にはそれぞれの出来事や思い出が詰まっている。


でもこうして振り返るとそれも一瞬の出来事の様でしかない。


その一瞬〜一瞬が私にとっては貴重な時間だった。

その一瞬〜一瞬の中に

愛があったり 涙があったり 笑いがあったり 怒りがあったり。


そしてこうして通り過ぎていく・・・・・。