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ヨンジュンが日本に来た!
2004 / 03 / 31 ( Wed )
べ・ヨンジュン?ん?

と思われる方居るかもしれませんね?

この方が今日本で話題になってる韓国ドラマ
「冬のソナタ」の主役の彼です!

ヨンジュンが日本に来日したとの記事を見て・・
なんだかちょっと懐かしい気持ちになってしまいました。

私は最近ちょっと飽き気味で見てませんが・・・
ここハワイでかなり韓国ドラマにはまってたのでね。。。

えっ ハワイで韓国ドラマ!?

と思われるでしょ?(笑)でもハワイにはたくさんの
韓国人の方が住んでましてなんと!テレビには韓国
チャンネルなるものまでありますの。。。
チャンネルは韓国語で英語字幕が出ます。

私の韓国ドラマとの出会いは働いていた先でお客さん
が「これ絶対面白いから見てみて~」と渡された一本
のテープ。それは

『イブのすべて』でした。

かれこれ・・・4年位前の話でしょうか・・?

本当~に面白いのかなぁ~?なんて半信半疑で見
始めたら・・・なんと朝まで起きてそのテープを見ちゃ
った位に韓国ドラマワールドへ旅立ってた私。(笑)

それからは韓国チャンネルで放送されてるドラマに
釘づけ!ネットでは韓国ドラマサイトを探し俳優の名簿
なんかをプリントしちゃったり。

私の韓国ドラマ熱は見事にその時からヒートアップしていきました。

元々お隣韓国へは何度も旅行に行ってまして言葉も
その時少し勉強していたのでドラマを見ながら少し
ずつ自分の記憶の中に残ってる韓国語が戻って来て
懐かしくなっちゃったり。。。笑

それだけじゃ~とどまらずに韓国語のクラスも取り始め

とどめに韓国まで行ってしまった・・・

これでどの位ヒートアップしたかは想像出来ますね?笑


中でも今から2年前・・・ハワイで放送された英語の
タイトル『WINTER BALLADE』(冬の恋歌)こそが今
日本で旋風を巻き起こしている「冬のソナタ」だったの
ですが・・・これには激はまりしまして放送終了後に
物に執着しないこの私がDVDまで買ってしまった位
です。。。

このドラマ・・・毎週月曜日と火曜日の放送で私が丁度
仕事の日だったのでタイマーセットは欠かさず仕事
から帰ってくると即効録画したテープを見るという熱狂
ぶりでした。

このドラマは主人公の女性が初恋の人を忘れられず
にその人を思い続けるという純愛ドラマ。
亡くなった人をいつまでも思い続ける彼女の気持ちが
見事に表現されていました。

私の対象は・・亡くなった友達ですが・・・その友達の
事を忘れられないで居る自分はこのドラマにかなり
の感情移入をしてしまった模様。

そして私もこのドラマでヨンジュンの演技にメロメロに
なりその頃立ち上がったばかりのヨンジュンサイトに
入り浸ったのも今では懐かしい思い出です・・・

その頃韓国ドラマはぼちぼち日本でも見てる人が居
たようですが
「べ・ヨンジュン~ 誰?それ~」位のリアクション
でした。。。

後にこんなビッグになるなんて誰も想像してなかった
でしょうね?笑

日本で韓国ドラマの存在を知らせた貴重なドラマは
きっと深田恭子とウォンビンが競演した
『フレンズ』ではないですか・・・?

それまで韓国ドラマってとってもアンダーグランド的な
存在でそれこそ媒体で韓国ドラマ関係を探すのは
一苦労でした。

そんな中この『フレンズ』が放送されて普通に日本でも
韓国ドラマの存在が知れ渡り今のこの冬ソナブーム
にいたるんではないでしょうか・・?

韓国ドラマ・・・何がいいんだろ・・?

そう なんだか今の日本がどこかに置き忘れた何かを
ドラマ通して見る事が出来るってっていうのがいいん
じゃないでしょうかね?

ある意味レトロな気持ちにさせてくれる・・?

置き忘れた何かって・・・

例えば 親やお年寄りを大切に思う気持ちだったり
多少の自己犠牲をしてでも相手を思う気持ちだったり

なんだろ・・・・昔日本にあった「モラル」がまだ韓国
ドラマから垣間見れてなんだか懐かしい気持ちにな
ってしまう事かな・・・

あとストーリー展開が予測できない!

これはドラマを見る上で重要なポイントですよ!笑

韓国ドラマ慣れした今では予測する事も可能ですが
ね?(笑)でも 「そ~~きたか!」ってな事が多い
のも事実です。

さぁ・・・・今尚続く「冬ソナ」ブーム・・・

ヨンジュンの来日でまたまたヒートアップするんでは?


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22 : 33 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
戦争花嫁
2004 / 03 / 31 ( Wed )
私達が生きていく上で仕事をすると言うのは
必要不可欠なもの。。

あっ~もちろんお家が代々からの大金持ちで仕事なん
て必要ないって方は別でしょうが。

私は考えてみたら自分で仕事を探したって経験があまり無い。

いつも仕事が私を見つけてくれてた様な気がする。

若い時に第一回目(笑)の結婚をした私は元だんに
さんざ甘やかされ仕事をする必要も全く無く好き勝手
な生活を満喫していた。

彼の仕事は出張が多かったので行く先々に必ず私を
呼んでくれて私はこの頃からかなりの旅行を経験。

そんな20代・・・

人生毎日がパーティタイム!って感じで・・笑

でもそうこうしてるうちに私は次々と仕事をしていく事
になる・・・

翻訳・通訳・ホテル勤務・ベース内のショッピングセンター
でのセールス・イベント通訳コンパニオン ビデオ屋勤務

とだいたいこんな感じの職種。

どの仕事も何故だか探していた訳でもないのに私の
所に話が来て結局するはめになったという感じ。

ラッキーと言えばラッキーかな?笑

でも仕事が私を求めて来てくれたからと脱力系で仕事をする
わけでもなく仕事する時は全力投球で働いたのを覚えてる。

何の職種にしてもその仕事を極めると言うのが私の
信念でそれがたとえビデオ屋でもそれは変わらなかった。

結構お客さんに「何故あなたの様な人がここで働いてるの?」
と聞かれた事もあるが・・

その質問自体 お店の店員って職種は低くみられてる
んだなぁ・・と痛感した。

たかが・ビデオ屋・・って思われてたんだよね。。。

でもそのたかがビデオ屋の仕事内容はただ単に
ボケーっとビデオを貸し出して暇な時にはテレビを見る
だけという業務内容ではなかった。

今になって考えると私にとってはとても奥が深い仕事
だった様な気がする。

若い人たちは本当にただ単にビデオレンタルしに来るだけ・・・
そういう人達は別に私から何の会話も求めないし私も
あえて話かけない。

でも私が働いたビデオ屋のお客さんはほとんどが年配の方ばかり。

しかも・・・時代に翻弄された方達が多い。

昔「戦争花嫁」と呼ばれた人達。

今だからこそ国際結婚=かっこいい

なんてイメージで見られるかもしれないがその当時の
女性達は戦争に負けた日本で自分が幸せになるのは
アメリカ人と結婚するしか他に手段がなかったとして
日本を後にした人達が多い。

そう・・色々な名称で呼ばれてた人達。

オンリーさん。 パンパン。

どれもネガティブなイメージばかり。

私もこの本と出会うまではそんな風にネガティブに
戦争花嫁の事を見ていたかもしれない・・

この本とは『花嫁のアメリカ』

そんな方々の経験を一冊にまとめたこの本を読んだ
時同じ国際結婚している自分の置かれてる立場が
あまりに昔の彼女達と違い楽な物なんだと実感し
それまであったネガティブなイメージが消え海外生活で
ちょっとめげそうな時などは何度もこの本を読んで
自分に渇を入れた。

その本で読んでいた人達と同じ境遇の人が実際私
の働いてたお店にお客さんとして通っていた。

ある人は幸せに暮らしていて娯楽の為にビデオを
借りていきある人は子供も大きくなり旦那様に
先だたれ寂しいのでビデオが必要だと言う。

そう・・たかがビデオ屋だけど来るお客さんには色々
なドラマがあった。

私はそういった寂しい想いでレンタルしてるお客さん
にはなるべく世間話しなどして少しでも楽しくお店を
出れる様に心がけていた。

中には頑固な年配のおば様も居るが・・・

でも話してみると皆に共通して言える事は何年アメリカに
住んでも思うのは自分が生まれ育った日本。

多分自分は最後アメリカに骨をうずめるだろうが
もう一度富士山が見たいわね・・と話してくれたお客
さんの言葉に私の胸がキュンとなったのを覚えてる。

体が不自由でお店に来れないお客さんには私があえて
そのお客さんの好みのビデオを選んであげていた。

そのお客さんは必ず電話で「ありがとね。貴方は私の
好みをよく知ってるね?いつも選んでくれてありがとう」
と言ってくれてた。

私は自分の仕事をしただけと言えばそれまでだろうが
私はそのお客さんのビデオを選ぶ時に彼女が楽しめる様に
と考えながらビデオを選んだ。

そんな私の気持ちがきっと伝わってたんだろう。
たまに涙して電話してくれた時もあったりしたから・・・

こうやって考えても とても深い仕事だったと思う。

自分自身も国際結婚をして日本を後にしてこれから先
年老いた時 きっと思うのは日本だったりするんだろう
と想像が付く・・・

そんな時に長年連れ添った旦那に先だたれ 
残されたのは自分ひとりになった時の事を考えると・・

ビデオ屋さんに来るお客さんに自分をオーバーラップ
させずにはいられない。。

戦争花嫁と呼ばれた方々。
時代に翻弄されながら今でもアメリカでがんばって
暮らしている。 でも・・・心の中はいつも日本人なんだ
って事を教えてもらった様な気がする。


22 : 29 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
死期
2004 / 03 / 26 ( Fri )
ここ一週間 『いかりや長介』さんが亡くなったと
いう話題で持ちきりだった。

ここハワイの日本のニュースでも告別式の模様が放送
されたらしく 改めて彼の人気の凄さを知る。

長さんと言えば彼が最近出ていたドラマよりも映画
よりも 『8時だよ!全員集合』 を思い出す。

私がまだ子供の頃 面白い番組で毎週ワクワクしな
がらテレビの前で見てた番組。

だから長さんをテレビで見ると何故か懐かしいと思っ
たり年とっちゃったなぁ~って感傷的になったりした
ものだ・・

その長さん・・

03年5月、原発不明頸部(けいぶ)リンパ節がんと
診断され、治療を受け その後また仕事に復帰している。

長さんはもしかして自分の死期を悟っていたのでは
ないだろうか・・・

彼は入院、安静よりも仕事を選んだ。。。

最後まで自分の好きな仕事をし自分で納得のいく死期
を迎えたのではないだろうか?

人の命なんて本当にはかない物で。

それはどこにもギャランティーはない。

今日ぴんぴん元気だった人が明日には事故で亡くなる
可能性は誰にでもある・・

じゃあ自分の死期を知らされたら人は何をするの
だろうか・・・

長さんの様に仕事に生きる!人も居るだろうし
残された時間を家族と共に過ごしたいと思う人も居る
だろうし・・・旅行に出て自分の見たかった街に行く人
も居るだろう・・・

私は何に生きるだろうか?

私は・・・・きっと自分の生まれた国に帰りたいと思う。

そして自分の愛する人達に囲まれていたいと思う。

そこでやっぱり自分のしていた英語関係の仕事
を出来るだけひき受けて

『言葉って楽しいコミニケーションツールだよ!』

って事を出来るだけたくさんの人に知ってもらえる様な
時間の過ごし方をするのではないだろうか・・・

自分の死期と向かいあった時 絶対なる恐怖感も
あるだろうけど 私は自分の人生ここまでです!
と宣告されたなら ここまでという枠内で恐怖感で
おびえる毎日よりも自分がしていてハッピーな事を
その日が来るまでしている様な気がする。

長さんもきっとそんな最後ではなかったろうか?

最後まで自分の好きな仕事をしていた彼・・・

ここハワイよりご冥福をお祈りします。

22 : 28 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | page top↑
言葉の順応性
2004 / 03 / 18 ( Thu )
私が最初に英語を勉強し始めたのはもちろん
中学校になって英語のクラスと言うものがお目見え
してから・・

ええ。。。当時英会話教室なんてわずかしかありま
せんでしたからそんな形が英語との初対面って人が
ほとんどだったはずです。

でもね?実は私の英語初対面は小学校の時に
母親が買ってくれた百科辞典に英語の巻きがありまし
てなんだかそれに惹かれて付属のレコードをかけなが
ら 『アップル』を『アッポー』と発音するティーチャーの
物まねをし始めたのが最初でした。。

中学校で習う英語はほぼ文法がメインでしてリーディ
ングのクラスになるとこてこて日本語アクセントの先生
がリピートアフターミー!と言って教科書を読んでいき
ました。 でもね??子供の頃インプットされてしまった
『アッポー』はあくまで『アッポー』なんです。笑

言葉は右脳と関係が深く子供の頃にインプットされた
言葉は忘れないらしいですよ。。。

そんな慣れた発音で教科書を読むとクラスは結構
「おぉ~外人みたいだな~」とか盛り上がってました
が先生の顔は曇っていました・・・汗

まぁ・・そんな中学校の英語教育なのでもちろんそれ
が英会話に繋がるかって繋がらないでしょ?笑
私は受験の為の勉強しましたが自分が好きでほぼ
完璧に中学の英語の文法を身につけました。 

そして後々感じる事は英会話をするのにもちろん発音
も大切ですがベースの文法?これは中学校で習う
文法で十分なのです。それに後は発音の練習だけす
れば必ず英語が話せる様になれます!

何故にそう言い切れるか?ですね・・

だって・・私は高校生ですでに英会話に全く困って
いなかったからです。もしかしたら今よりも綺麗な英語
を話していたかもしれない位です。笑

会話自体結構スラングやら短縮系の言葉などあります
が私はただ単に中学校で習った文法にそって言葉を
進めていただけです。 

あぁ・・・今この場合だったら過去分詞を使うんだな~
とか受動態ってこんなにたくさん会話で活用されてる
よ~なんて風に。笑

結局英語がただ単に好きだったと言うのもあるので
しょうが・・・英会話!中学校の文法で十分ですよ。

さて・・・そんな私は『アッポー』の様にとにかく言葉
を聞くとそれをそのまま自分の頭にインプットすると
言う技(謎)がある様で・・これを言葉の順応性とでも
いえるのでしょうか?

例えばNYに住んでた時にはとにかくこてこての東
海岸アクセント(アメリカでも場所によって日本で言う
なまりがあります)を引越してわずか何週間で身につ
けてしまったというか人はそれを『なりきり』とも言い
ますが(爆)完全にニューヨーカーになってしまいました。

そしてイギリス人と話す時は「ブリティッシュアクセント」
になったり・・・

こんな順応性が果たしてプラスかは分かりません。

何故なら自分が今置かれた状況が外国人ばかりだと
私の日本語が今度変になったりするのです。

逆に回りに日本人しか居なくって随時日本語を話し
てると英語が下手になったり・・・

う・・・ん。結局自分にとってのメインリンガルとは何か
な?と考えると難しかったりします。

日本人なんだけど時として英語で表現しやすい事が
あったりと。。。

これからもこの言葉の順応性は変わる事なくきっと
なりきり○○語で話していくのでしょうね・・・笑


22 : 27 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ボランティア
2004 / 03 / 17 ( Wed )
アメリカで生活しているとたくさんのボランティア精神
と出会う。

色々な所で普通の人が普通にボランティアに参加する
というのが全然不思議ではない事。

日本でもボランティア活動は年々盛んになって来ては
いるがどこか参加する事に恥ずかしさや面倒な気持ち
にさえぎられる人も多いのではないだろうか・・・?

一番身近にあるボランティアで言えば献血。

駅前の広場などで献血車があるので時間のある人
なら絶対参加出来る。

他に簡単に募金などに寄付する事もれっきとした
ボランティア活動。
(ただ募金する時にどの団体もしくは何の募金
なのかというのをちゃんと把握しないと中には募金
詐欺もいるので要注意)

ボランティアは別に何かの団体に入ってしなければ
ならないというルールはない。

英語ではVOLUNTEERと綴りその意味は
①自ら進んである任務に申し出る人。
②無給奉仕者

となっている。どこにもボランティアとはなんらかの
団体に属さなければならないとは出ていないのだ。

私もボランティアは何度もしてる。
今日 友達と買い物に出かけた先で白血病患者
の為に骨髄の白血球型(HLA)を検査する場所が
設けられていた。

もしも一致した場合ドナーとなると言う自分にとっても
大変なボランティアである。にもかかわらず有無も
言わずに友達はその検査を受けた。私は自分自身の
体調が許さないので残念ながら参加しなかったが・・


この様にどこかで誰かの為になる事を自分にも出来る
と言う精神をアメリカ人は割りと好む。
そして それは自分がしたんだ!という恩着せがましい
事ではない・・・ただ単に「自分に出来るのなら・・」
という無報酬精神。 これこそまさしくボランティアの
真髄ではないだろうか・・・?

この間 テレビである女優が猫が至る所に捨てられて
るのでボランティアとして拾ってきては里親
を探してるという場面が放送された。

私はほぉ~~と感心して見ていたがその放送中に
その女優がもらした言葉で一気にげんなりした・・

彼女は

「もう 大変なんですよ。何匹も集まっちゃって
まるで猫たちのために働いてるみたいで・・猫たちの
餌係りじゃないって言うの~苛々したりしますよ~」

とインタビューに答えたのだ・・・

私はそのコメントを聞いて・・・

出来ないのに捨てられてる猫が可愛そうだと思い
家に連れ込んでその後恩着せがましく猫の世話を
する事はボランティアとは違うんではないだろうか?
と思ってしまった。

あくまでも自分の出来る範囲でしなければならないし
自分でボランティアをすると決めたら何をどうして
あげてるという言葉は出てこないはずなんだが・・・


もしかして苛々して可愛そうと拾ってきた猫たちを
虐待することなんてないだろうか・・?とまで心配
してしまった・・・

とにかくボランティアとはそれをしたから誰かに賞状
やレコ二ション(認知)をもらう為ではないと言う事
を分かってから取り組むべきだと私は思った。。



22 : 26 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
B系の定義!?
2004 / 03 / 11 ( Thu )
ここの所私のサイトのBBSでどんなファッションが
好きだったかとかどんなファッションをしてたか~
などで話盛り上がりましたが・・・

最近良く耳にするこの

『B系』

というカテゴリー。。。

これってブラック的って事なの?

『“B”は、Black&SoulのB、BeatのBなど、
若者達のサブカルチャーを象徴する言葉のイニシャルです。
“B系”とは、すでに“横ノリ系”というような
意味あいでストリート系ファッション誌
などで使われています。 』 BY FUJI TV

それらしきショップなども日本に里帰りした時
には回ってみました・・・

そう・・昔とうって変わってしまったマル9!
潜入しましたが・・・すごいね?ショップどれも同じ
感じだった・・・・

それでアルバ系やらB系やらお姉系とか路線が
はっきり分かれていて若い子達でごったがえし
おりました。。。


昔のマル9はもっと個性的なお店があった気が
します・・・
(注:昔→20年前・・・笑)

男の子のファッションもそう・・・裏原宿系とかやっぱし
Bボーイとか色々な路線があるらしい・・・

で・・・このB系なんですが・・・

ブラック的って・・・どこが・・・?

って思ったりします。

なるほど・・・男の子だったらパンツさげて中のパンツ
見せてティーシャツの上からジャージー着ちゃう?

女の子ならブレイズして鼻ピーしてんでタイトな服着て
日焼けで真っ黒?

これがブラック的という感覚なんでしょうか・・・?

私もそう言ったファッションを最近ではひとくくりに
B系と形容しています・・何故ならその形容詞が
しっかり定着していてその形容で事が済むので。。
でも私も主人もそれがブラック的とは決して思いません・・

主人は・・・

「なんで自分達の持ってる個性でもっと服を着こなさ
ないの?アレじゃ~まるでサル真似じゃないけど
ただ黒人と同じ格好してる!ってだけだよね??
そして最大の間違えはアレをブラック的と思ってる!
って事・・・僕らをステレオタイプしすぎ・・・」

と言います。

確かに 黒人=ヒップホップ・バスケットボール
女たらし・ピンプ

と言ったステレオタイプがまとわりつきます。。。

そしてそんなステレオタイプを黒人の文化とされて
しまうのはとても悲しい事実です。

だって・・・

そんな風にステレオタイプされた黒人って・・・
はっきり言ったら頭悪そうでしょ?(毒

私の主人はそう言ったステレオタイプに全然あてはま
らずきっと日本の若い子が彼を見たら

『いけてない黒人』

かもしれません・・・だって・・・

だぼだぼパンツやスラング スケこましなんて全く
もって無縁のものですから・・・

でそう言ったB系と呼ばれるファッションをファッション
としてしてる分には別に何とも思わないけどそれで
黒人の文化は語って欲しくないって言い分らしいです。

黒人がスラングだらけの英語しか話せないという
イメージが先行してしまったのもこう言ったヒップホップ
文化がスラングを話すのを格好いいとしてしまったか
らそのイメージが消えない・・・

映画や音楽で聞いたスラングをそのまま使ってる
日本人の若い子達に主人はびっくりしていました。

いや。。。主人も若いですけどね?笑

でも間違っても私の事を「ビッチ!」って呼んだ事
ありませんよ・・

差別用語なんてもってのほか・・・

まぁね・・・
憧れる対象に近づきたい!って気持ちも分かるんです

私だって昔アメリカの女優さんの髪型なんか真似たり
しましたし・・でもね?最後はやっぱり自分のカラー
で勝負して欲しい気がするなぁ・・。

いくら金髪の髪型が可愛くても私のダークヘアーに
その軽い味は出せません・・
だからね?近づけたスタイルで後は自分に似合うよう
にするっての大事じゃない・・・?

Bボーイズのだぼだぼパンツ・・・・
あれはヒップホップ系の黒人の脚の長いお兄ちゃん
がはくからそうカッコ良く見えるんで・・・

日本人の男の子どう考えてもね・・?
いくら背が高くなったからと言ってもまだまだ体系は
黒人の彼らと同等じゃないでしょ?

そんな同等じゃない体系で彼らのスタイルをそのまま
パクるってのはやっぱり見苦しいじゃないですか?

でもね?最終的に服は着たい服を着ればいいとは
思うのです。。ただ・・そのファッションをしたからと
言ってIDクライシスを起こさないで欲しいのです。。
(IDクライシス=自分のIDが分からなくなってくる。
日本人なのに自分が黒人になってしまったと思う事)

結局色々な文化をクロスオーバーさせると言うの
はとても素敵な事で私もそれにチャレンジし続けてるけど

最後に見極めなければならないのは自分がいったい誰か!

と言う事じゃないかな・・・

要するに・・・自分という軸を持ってなければ
どんな服を着てもどんな流行を追っても自分の主張
が出来ないという事につながるのではないでしょうか。



22 : 24 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
スタスキー&ハッチ
2004 / 03 / 07 ( Sun )
懐かしい!懐かしすぎるこのタイトル!

ええ。。。それは70年代のテレビ・ドラマでした。

私が自分を半分アメリカ人だだと大勘違いしてた頃です。(爆)

聞く音楽はもちろん洋楽だけ・・
ラジオは必ずFEN(日本の米軍基地から発信
されてるラジオ番組でもちろん全て英語です)

テレビ番組で見たいを思うのはどれもアメリカの
番組か世界の情報番組でした・・

そんな『アメリカかぶれしてた私の10代』に
このスタスキー&ハッチもオンエアーされてました。

その頃は「チャリエン(もちろん元祖)」や
「トラック野郎BJ」などのアメリカのドラマが
深夜放送されていましたが今みたいな時代ではありません。
海外ドラマなんてかなり”しいたげられた”存在でした。
だから深夜だったりしたのでしょうが・・・

さて・・・前置き長くなりましたがね?

今日見たこの映画

スタスキー&ハッチ

設定は70年代 音楽も70年代 ファッションも
70年代~と懐かしオンパレード。

のりのりで観ていましたが・・・気づくと横で主人も
かなりのりのり&「懐かしい~」とつぶやいてました。

ん?懐かしいとは?

だって君いくつだったんだっけ・・・?と聞くと主人は
天真爛漫に

「僕はまだ7歳くらいだったよ~このキャラクターに
憧れたんだよね~」

・・・・・・・・・・・・・・・。


私はもうティーンエイジャーでした。

そう・・それら『しいたげられた海外ドラマ』を見ながら
エンジェルフライトパンツ(チャーリーズ・エンジェルで
エンジェル達がはいてたパンツです)をはいて髪の毛
はエンジェルに出てたファラ・フォーセットの様な
ライオンの様な髪型。

http://www.charliesangels.jp/tv/

英語が上手くなりたくって独り言は英語で言おう!
と決め朝ご飯はあくまでサニーサイドアップとトーストで。
そしてコーヒーもポットで頂きましょう~♪
お風呂に入る時はハリウッド女優の映画シーンに
憧れ日本の四角いお風呂なのに無理やり寝そべり
かなり体に悪い状態での入浴(爆)
そのお風呂の脇にはワイングラスにオレンジジュース
を入れそのグラスをクルクル回して気分はもう~
マリリンモンロー?なんてやってると母親がお風呂場の
ドアをバンっと開けて『いい加減にしなさいよ~!』
と私を現実の世界に引き戻したものです。

そう・・私ってこんなティーンエイジャーでしたの・・汗。

そうです。とってもその時代のアメリカに恋こがれて
いました。そんな70年代の映画なので映画のレビュー
からなんだか話それまくりですが・・・笑

この映画5つ星で4.5星と高く評価されてました。

でも・・・主役の『BEN STILLER』(黒髪の方)は
とにかくコメディー俳優。きっとまたおバカ映画
なんだろうなぁ~と思っていたのでこの4.5星と
いうのはちょっとびっくり。

いざ観ると やっぱり「お馬鹿映画」主体でしたが
アクションあり 友情ありと 忠実に元祖スタスキー
&ハッチをリメイクしていました。

面白い映画でしたよ。BenStillerやっぱり笑えますが
私 この金髪のハッチ役 OWEN WILSON 結構好き
かもです♪ いつもぼけ~~って感じの役が多いの
ですが(他にジャッキーチェンと一緒に出た上海
ヌーンなど)この感じがBen Stillerの張り切り役と
見事にブレンドして面白い味を出してました。

Ben Stillerの張り切りスタスキー役は絶対の見所
です。

それにしても・・・・懐かしき70年代です。
そして・・・・・懐かしき私の10代です。。。。


22 : 23 : 00 | なんとなくエッセー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
親の影響力
2004 / 03 / 03 ( Wed )
今見ているドラマ『プライド』

最初どんなの?またキムタクがキムタク演技
してるドラマ?なんて先入観で見始めたけど・・

なかなか彼が演じる『はる』に共感を覚えてしまう。

幼少の時に母親に捨てられた事がトラウマとなってる
彼・・・その苦しみや悲しみを絶対表に出さすに生きて
きたっていうのがなんとも私の心にしみた。。。

う・・・ん ネット上ってどうしてこうも時として自分の
心の中をさらけ出せるか不思議だ・・

たくさんの人が見る場所だよって思うと結構やばい!
とも思うけど その反面こういった所でしか自分の心
の内を表現出来ずに誰かに分かってもらいたいのかも
しれないね?

前置きが長くなってしまったけど私がそんな『はる』
を自分に重ねてしまうのは・・・

私がまだ3歳の頃妹が生まれて体が丈夫じゃなかっ
た母はお産で大変だからと私を父方の田舎に預けた。

だけど3歳って年で覚えてるのは一人で電車に乗せ
られて遠い所に行かされたって事だけ。

そう・・自分は親に捨てられたって思ったらしい。

田舎でも悪い事ばかりすればお母さんが迎えに来て
くれると思い込みかなりの困ったちゃんだったという話。

3ヶ月位預けられてたんだよね。。

それ以来私は母が具合悪い度近くに住んでるおじさん
やおばさんの所に預けられる事が続いた。

その時のトラウマが残ってるのか・・・

その時すっごい寂しかった事やほっとかれた事が
後々の自分の人生感に影響した。

自分の好きな人には結構いたずらなんかして
気をひくタイプだったりする。笑

後になってみれば 母は仕方なくそうしたんだ!
と納得するけど 子供の頃に受けた傷って絶対に
ぬぐえない。

理解していても心にはそういった傷が出来てる。

そんな実は寂しがり屋だとか孤独が怖いという姿を
私はずうっと誰にも見せずに生きてきた。って言うより
今も生きてる。

そんなずっと貯めてきた感情を噴出す時がたまにある。

そうやって自分の中に貯まった感情を処理するの
って実はすごい大切だと思う。

周りに人がたくさん居ても愛してくれてる旦那が側
に居てもそれは急にやってくる。

本当は人ってやっぱり一人なんだよね・・・って
妙にクールに構えたりして。
一人でも平気かな?って思いつつ実は一人になる事
がすごい怖かったり・・・

不思議な感情なんだがそれがふっと湧き出る。。

誰にでも子供の頃に受けたトラウマって多かれ少な
かれあると思う。 

こう考えると親は人生で最初に子供が愛を学ぶ人達。 

親の愛情の注ぎ方一つでそのコの考え方も変わってくる。

親の影響力は多大だね?

モンスターを作るのもエンジェルを作るのも
実はそんな親の一挙一動が関係してるんでは・・・?


私はモンスターまでには育たなかったけど・・・笑



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